takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

シャーロキアンのシャーロックホームズ:第11回『緋色の研究』

『緋色の研究』(コナン・ドイル著、延原謙訳 新潮社)は、シャーロックホームズ物語の第一作です。

この物語の好きなところは、いくつかありますが、「タイトルの秀逸さ」を一番にあげます。(原題は『A Study in Scarlet』シャーロック・ホームズクラブの小林司東山あかねは、これを『緋色の習作』と訳しています。)

『緋色の研究』は、「相当自信のあるこの作が世に出たのに反響は全くなかった。それでドイルは失望して、もうホームズ物は書くまいと思っていた」。(同書、P239より)このように、最初は振るいませんでした。

私は、「タイトルの秀逸さ」を言及しましたが、読み始めても、このタイトルの意味がわかりませんでした。一方、この作品の後に、計60のホームズものが生まれました。この『緋色の研究』を除いた作品のタイトルは事件と関係するトリック、登場人物、場所等からの引用となっています。

今まで、紹介してきた作品でも、『まだらの紐』『技師の親指』『ぶな屋敷』等々がそれらの例で、タイトルから、読書前に、ある程度まで具体的なイメージができあがるようになっています。

『緋色の研究』という抽象的なタイトルであるが故に、「この作が世に出たのに反響は全くなかった」という結果を生んだのではないかと、私は想像します。

さらに、『緋色の研究』(1887年発表)は、『緋文字(ひもんじ)』(ナサニエル・ホーソーン作、1850年発表)の影響を受けて、タイトルをつけたのではないだろうかと、想像を膨らませます。

『緋文字』は、ピューリタン社会において姦通罪を犯した主人公の女性が緋色のA(adulteress、姦通罪の意)を服につけさせられたという物語のストーリーから、タイトルを引用しています。このように、『緋文字』は、当時の宗教的な社会背景にて、生まれた作品です。

故に、モルモン教徒の戒律を題材にとりいれた『緋色の研究』も宗教的な社会背景にて、生まれた作品であり、『緋文字』の影響を受けたともいえます。

しかし、『緋色の研究』のタイトルからは、『緋文字』のタイトルのような象徴的なイメージが浮かびません。『緋色の研究』を読み進めます。すると、「生まれてはじめてというこのおもしろい事件を、むなしく逸したかもしれないんだからね。そう、緋色の研究とうやつをねえ。いささか美術的な表現をつかったっていいだろう?人生という無色の糸桛(いとかせ)には、殺人というまっ赤な糸がまざって巻きこまれている。それを解きほぐして分離し、(中略)明るみにさらけだして見せるのが、僕らの任務なんだ」。(同書、P73より)ホームズがワトソンに語りかけます。「殺人というまっ赤な糸」が、「緋色」とわかります。つまり、『緋色の研究』とは、「(赤い血をイメージする)殺人の研究」なのです。では、『赤の研究』でも、『血色の研究』というタイトルでもよいかと思います。

しかし、『緋文字』の影響により『緋色の研究』とタイトルをつけることによって、宗教的にも奥深い、かつ、美術用語的にも気障(キザ)な硬軟あわせた「タイトルの秀逸さ」が生まれたのです