takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

シャーロキアンのシャーロックホームズ:第2段『技師の親指』

ホームズの推理力が炸裂

犯人の隠れ家―『技師の親指』では、悪賢い一味が偽金をつくる場所であり、被害者である技師の親指が切断された場所―を探しあてるシャーロック・ホームズの推理力の見事さが、本作品の面白さです。

「技師の親指」の画像検索結果

ウィキペディアより)


犯人の隠れ家がわからないために、捜査が行き詰ってしまう。読者は、それを明かす捜査側の仕掛けや捜査力―本作品の場合は、シャーロック・ホームズの洞察力や観察力によって導かれる推理力―を知るその瞬間に、作品に引き込まれます。それは、捜査をしている登場人物と共に、犯人を捕まえる手掛かりを掴むという疑似体験によって得られる快感とも言えます。
ストーリー展開は全く違いますが、私は黒澤明監督の『天国と地獄』における犯人の隠れ家が見つかるシーンを、『技師の親指』における犯人の隠れ家が見つかるシーンに重ね合わせました。

「天国と地獄」の画像検索結果


『天国と地獄』では、誘拐された子供を取り戻しますが、身代金を捕られてしまう捜査陣が、犯人に対して、身代金受け渡しに使った鞄を燃やすように仕向け、その燃やした煙が牡丹色になる―事前に捜査陣が施している仕掛け―のを目印として、隠れ家を探し当てます。モノクロ画像が、牡丹色に変わるシーンは、捜査陣の捜査成功の歓喜の色とも捉えることができます。
『技師の親指』は、映画ではないので、このような手法は使えませんが、そのシーンを引用してみます。
―われわれがアイフォードの駅に到着したとき、大きな煙の柱が近くの木立の向こうから立ちのぼり、巨大なダチョウの羽のように村の上空に広がっていた。―(『シャーロック・ホームズの冒険』の『技師の親指』P328より、角川文庫、コナン・ドイル著、石田文子訳)
『天国と地獄』の場合、モノクロ画像に映える牡丹色の煙。『技師の親指』の場合は、巨大なダチョウの羽のような大きな煙の柱です。煙を大きなダチョウの羽に例えることで、想像も及ばないような迫力が煙に乗りうつります。直喩の効果は絶大です。

「ダチョウの羽」の画像検索結果

 


『天国と地獄』には、原作があります。アメリカの推理小説作家のエド・マクベインの『87分署シリーズ』の第10話『キングの身代金』です。もし、1926年生まれのエド・マクベインが、『技師の親指』を読んでいたのなら―シャーロック・ホームズの生みの親である1859年生まれのコナン・ドイル作品を教科書的に読んでいたと十分考えられるー『キングの身代金』は、『技師の親指』より構想を得ているとも言え、黒澤明も、もしかしたら、コナン・ドイルエド・マクベインという両巨匠へのオマージュとして、『天国と地獄』を撮影したと飛躍的に想像することは、私の各作品への愛着としましょう。
冒頭に、巨大なダチョウの羽のような大きな煙の柱が立ちのぼった悪賢い一味の隠れ家を、シャーロック・ホームズが探し当てる推理力に、『技師の親指』の面白さが凝縮されていると紹介しました。推理力と言いましたが、シャーロック・ホームズのそれは、むしろ、『技師の親指』においては、洞察力や観察力と言った方がいいのかもしれません。
複雑なトリックもあるシャーロック・ホームズものではありますが、『技師の親指』のような洞察力や観察力という誰もが備えうる能力にて、事件に迫るという軽いタッチは、同シリーズにおける「小品としての妙味」をも堪能でき、コナン・ドイルの「小粒でもぴりりと辛い」技量を感じさせられます。