takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

シャーロキアンのシャーロックホームズ:第7弾『入院患者』

シャーロック・ホームズもの」の魅力の一つに、人物描写があります。しかも、風変わりな人物が多いことです。

例えば、赤毛連盟』における依頼人のジェイブズ・ウィルソン。そもそも、赤毛自体が人口比率的に少数派であり、差別的な意味合いがあったらしいのですが、そのような事情を逆手に取り、さえない質屋の主人として、ジェイブズ・ウィルソンを描写しています。

『緑柱石の宝冠』の依頼人である大銀行家のアレキサンダー・ホールダーもインパクトがあります。ホームズの事務所を訪問する際、慣れない雪道に「必死で走りながら、ときどきぴょんぴょんと飛び跳ねている(中略)しかも、走りながら両手をあげたりおろしたり、頭を振ったり、顔をめちゃくちゃにゆがめたり」(『シャーロック・ホームズの冒険』の『エメラルドの宝冠』角川文庫、コナン・ドイル著、石田文子訳 P370より)と、大銀行家らしかぬ奇妙な登場の仕方は、事件が始まる前の高揚感をかき立てます。

このような特徴的な人物に対する描写は、さらには、その人物の社会的地位や性格等を看破するホームズの視線で書かれていると考えると、「なる程、鋭い」と納得がいきます。

今回紹介する『入院患者』も、依頼人の登場の仕方に一工夫を加えています。

十月の雨の日に、そのうっとうしさを紛らわせるために、ホームズとワトソンは、散歩に出かけます。約三時間後の夜の十時過ぎにホームズの事務所があるベーカー街に戻ります。このような遅い時間に依頼者が現れます。一般常識的には、考えられない時間帯の訪問ですが、それが故に、事件の緊急性を想起させられ、読者の興味をかきたてます。

「『ふむ、医者だな。各科一般の開業医だ。まだ開業しても間もないのに、相当はやるらしい。何か事件がおきたと見える。いいところへ帰ってきたな』ホームズがいった」。(『シャーロック・ホームズの思い出』の『入院患者』新潮文庫コナン・ドイル著、延原謙訳 P206より)

そして、その医者の特徴を「青じろい細面に砂色のほおひげのある男」「年は三十を三つか四つ以上は出まいが、やつれた不健康さが、青春を奪い意気を失わせた」「ものごしは神経質で内気で、いかにも敏感な人らしく」「白くて細い手は、医者の手というよりは美術家のそれに近かった」「服は地味で、上品な黒のフロックに黒っぽいしまズボン、ネクタイはほんのちょっぴりと色のあるだけの淡白なもの」。(同書 P206より)と、かなり否定的なイメージで描かれています。面白いことに、その後、「朦朧性神経障害に関する論文をお書きになったトリヴェリヤン博士じゃありませんか?」(同書 P207より)と、一転変わって、持ち上げるように肯定的に描かれています。

これらの種々な描写により、読者は、奇妙な事件へ誘われます。

さえないけど、りっぱな経歴の持ち主である医者。スコットランドエディンバラ大学医学部を卒業し、ロンドンで開業するも、ぱっとせず、文筆業に軸足を置いて行ったコナン・ドイルの生き写しと、主人公のトリヴェリヤン博士を見立てるサイドストーリーを、私なりに妄想しました。そうすることによって、『入院患者』の人物描写も、本来のストーリー以上に興味深く読むことができます。

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