ウィルスに抗生物質は効きません
広い意味で、「抗生物質」と言う時は抗がん剤や抗ウィルス剤も抗生物質と言うようですが狭義の「抗生物質」は、抗菌剤のことでした。しかし、最近は「抗生物質」と言う言葉そのものを使用しなくなっているようです。つまり、「抗菌薬」「抗ウィルス薬」「抗真菌薬」「抗寄生虫薬」と初めから分けて言うことで誤解を避けようということなのでしょう。しかし、専門家がいきなり分けて使い始めても一般の人には分かりません。こんな時こそマスコミの出番なのですが、彼らは肝心なことを書きませんから誤解されたままの状態が続きます。
医学の難しいところは、非常に高度で専門的な学問でありながら、その対象者は一般の人であることが多いと言うことです。私達のようなエンジニアは、業務の中では専門家同士の会話が成立すれば良いのです。極まれに、一般の人に技術的な内容を説明しなければならない時がありますが、その時はお医者様の苦労が少し分かります。
さて、その「抗菌薬」ですが、これは我々人間の細胞には存在せず、細菌の細胞には存在する細胞壁の合成を阻害する薬がほとんどです。動物は細胞壁を持ちませんから細胞壁の合成を阻害されても害はありません。しかし、細菌は細胞壁が必要なので細胞壁を作れないと死滅します。これは、エタノールやヨードチンキで化学的作用により細菌を殺すのとは異なります。全く別の作用ですから誤解しないで下さい。
抗菌薬の難しいところは、人間の体の中にいる常在菌にも作用してしまうことです。抗菌薬は、常在菌にも作用しますから多用すると常在菌が大幅に減ります、そのため反って体に害をなす真菌類が増えてしまうことがあります。これでは、何のために抗菌薬を飲んだのか分かりません、注意しましょう。
一方、ウィルスには細胞膜も細胞壁もありません。タンパク質の殻の中に核酸を持っているだけです。ですから、抗菌薬は効きません。現時点で使用されている抗ウィルス薬は、抗菌剤とは全く異なる作用でウィルスを不活化します。今、殺菌と書かないで不活化と書きました。そうです、ご存じの方も多いと思いますが、ウィルスは生物とは言えません、生きている訳ではないので「殺菌」できないのです。そのため、ウィルスを退治する薬はウィルスを「不活化」すると言います。
生物でなかったら、ウィルスとは何?と疑問を持つ方もいると思います。答えは簡単です、ウィルスとはウィルスです。分類できませんから他の言い方はできません。また、生物分類学上の3つのドメイン(真核生物、真正細菌、古細菌)の中、どのドメインからもウィルスが見つかっています。ですから、よけい分類できないのです。
一つの学説ですが、あまりに長く他の生物に寄生していたため、自らの細胞を失ったのではないかとも考えられています。ウィルスを生物とするのであれば、生物の単位は細胞ではないことになり、それはまた別の意味で面倒な問題になります。
そのことについては、また今度書きます。