takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

シャーロキアンのシャーロックホームズ:第4段『緑柱石の宝冠』

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私は、角川文庫版『エメラルドの宝冠』にて、この作品を読みましたが、他出版社のタイトル訳では、聞き慣れない石の名前・緑柱石が登場します。

その石は、「エメラルドのことです。緑色の濃さでいえば、エメラルドはふかい緑色、緑柱石は少し淡い、のちがいで成分は同じです」。(『シャーロック・ホームズの冒険コナン・ドイル著、平賀悦子 他訳、偕成社 P369より)


 タイトルを一つとっても、その時代時代の空気に触れることができます。この行為は、小説を読む楽しみの一つである、「現実逃避」とでも言うべきでしょうか、自分の知らない世界に誘われて、我を忘れてどっぷりと浸ってしまうことに通じます。この『緑柱石の宝冠』では、19世紀後半のロンドンの大銀行家でさえも、触れることの出来ない―国家の有力者のやぶさかならぬ借金の担保代わりに預かることとなるのですが―21世紀のダイアモンドに匹敵する貴重な宝冠を巡って、当時の大銀行家の世界を垣間見ることが出来ます。


 さて、物語はいつものように、ホームズの部屋で、その主とワトソンの会話から始まります。雪の道なので、ホームズものの定番である馬車でなく、奇妙な歩きぶりで大銀行家のアレキサンダー・ホールダーが登場します。この富裕層は、普段は馬車―感覚的には、現在で言えばタクシーでしょう―で移動するので、慣れない雪道に「必死で走りながら、ときどきぴょんぴょんと飛び跳ねている(中略)しかも、走りながら両手をあげたりおろしたり、頭を振ったり、顔をめちゃくちゃにゆがめたり」(『シャーロック・ホームズの冒険』の『エメラルドの宝冠』角川文庫、コナン・ドイル著、石田文子訳 P370より)と悪戦苦闘をします。そして、何とかホームズを訪問します。奇妙な歩きの余韻を引きずり、訪問後も気が動転したままです。

 
 しかし、ホームズの落ち着き払った会話にて、冷静さを取り戻します。そこで、「緑柱石の宝冠」の一部が、盗難にあい、その犯人が放蕩息子のアーサーだと、理路整然と説明します。この事件の発端におけるホールダーの服装の描写―地味だが上等な服装をしていて、黒いフロックコートに真新しいシルクハット、こぎれいな茶色の深靴、仕立てのいいパールグレーのズボンといったいでたちだ。(同書 P370より)―にて、19世紀のロンドン上流社会に触れることができます。一方で、社会的な地位を得ている登場人物が、放蕩息子に翻弄されるという、今日の日本社会でもありがちな構成となっています。19世紀末のロンドンと今の日本が、繋がったような錯覚をおこしそうです。

 その繋がりを断つのは、父に犯人と疑われたアーサーの行為を、「息子さんは騎士道精神にのっとって」(同書 P403より)と称えるホームズのセリフです。現代で考えると時代かかったセリフで、日本では、武士道精神となるのでしょう。ありがちな構成の物語も、騎士道精神に言及するホームズのセリフで、私は、一気に19世紀後半のイギリスの規範の世界に引き込まれました。アーサーにとっては、汚名返上の最大の誉め言葉となり、私とっても、大銀行家を戒める舌鋒鋭い金言となりました。

 最後に、この物語のこぼれ話を一題。「エメラルドが三十九個もついた宝冠を預けたのは、誰だろう。皇族の一人、プリンス・オブ・ウェールズ(皇太子)だという説もある」(『シャーロキアンは眠れない』飛鳥新社小林司東山あかね著、P219いり)当時の緑柱石は、今のダイアモンドより価値があったと想像したいです。そうすれば、ホームズの活躍がもっとまぶしくなります。

ちなみに、この依頼者ですが、シャーロックホームズ研究家の間では、後のエドワード7世が最有力です。

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ウィキペディアより「エドワード7世