takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

STAP細胞と科学の歴史-ポリ ウォーター

 ポリ ウォーター(異常水)は、1966年にボリス デリャーギンというロシア人科学者によって発見されました(正確には発見ではありません)。デリャーギンは、モスクワから160キロメートルほど離れた研究所に勤務していた一研究者です。この特殊な形態の水は、非常に奇妙な特性をいろいろもっていたのです。沸点は普通の水よりもはるかに高く、氷点もはるかに低いものでした。加えて、ポウォーターは通常のエイチ・ツー・オー分子の水よりも安定した形態であるとされたのです。そのため、たとえ少量であれ、ポリウォーターが自然界の水域に混入すると、自然水の分子はことごとくより安定した形態のポリウォーターに即座に変化してしまう可能性が高いこと。またそれは、ポリウォーターの根本的に水とは異なる性質のため、地球上のあらゆる生命を絶やしてしまうことにつながる、などと主張する科学者まで登場しています(素晴らしい妄想力です)。

 

 ロシアでのポリ ウォーター研究は、あっという聞に一地方都市の実験室から科学の中心地モスクワまで伝わりました。初めの頃、このポリウォーター研究はヨーロッパ科学界の関心をひかなかったのですが、ひとたび注目をあびると、数多くの科学専門誌に先を争って論文が投稿されるようになります。1966年から1975年の間に、ポリ ウォーターに関する伺百もの論文が現れています。

 

 ポリ ウォーターは髪の毛ほどの内径の密閉管内部にほんの少量生成させるのが精いっぱいでした(毛細管現象によってできる水でした)。このような管にできる水は本当に純粋な水なのか、それともガラス管から不純物が溶出したために性質を変えてしまった不純な水なのか当時の検査機器では良く分からなかったのです。しかし、こうした決定的な疑問が生じ始めてから、ポリウォーターが実在する物質であるか、どうかをめぐって論争が繰り広げられるようになりました。

 

 ポリ ウォーターの存在を信じる科学者は、不純物を含まない純粋な水を得たと言い張ります。つまり、得られた物質は純粋な水には違いないが、分子構造が普通の水とは違う新しいものだと主張するのです。反対論者たちは、自分の実験室でもポリウォーターを生成させようと試みていたが、ことごとく失敗に終わり、できた水は汚れた普通の水にすぎませんでした。ポリ ウォーター支持派の科学者の言い分は、決まっています「反対派の連中がポリウォーターをつくれないのは、ちゃんとした実験方法を知らないからだ」と言うものでした。

 

 こうした応酬は初めのうちはそれなりの成果をおさめたものの、反対派が本物のポリ ウォーターの生成に失敗するたびに支持派が口実にしていたため、反証不可能な仮説とみなさるようになったのです。

 

 1960年代も終わり、1970年代に突入するや、そもそもポリウォーターなるものは存在せず、それが存在すると言っている科学者の報告は、実際には汚染された不純な水のデータにもとやついていたととが判明しました。まさに反対派が初めから言っていたとおりの結果に落ち着いたのです。

 

 ポリウォーターは、前回のN線と異なり時代が要求していたものではありません。ただし、大きな共通点があります。また、それは、今回のSTAP細胞の件とも共通します。

 

 では、その共通点とは何でしょう。それは、自説を守るために反証不可能な仮説をもちだしたことです。このような策略を用いるのは、ニセ科学や超常現象に限ったととではありません。自分が発見したと信じる、ある現象への思い入れが、必要となるデータへの思い入れよりも強いような場合、そうした反証不可能な仮説の導入は、まともな科学の世界でも起こりうるものです。N線やポリ ウォーターが存在する証拠を示す、全ての実験手順のミスを逐一指摘することは専門家であっても不可能でしょう。全体として「おかしい」、「変だ」と思ってもそれだけでその仮説を葬り去ることはできません。科学の歴史の中では葬り去られた仮説が後で正しかったと判明したことも多くあります。

 

 新発見・大発見は、常に似非科学と見分けられないところにあります。発見者も判定者も、慎重にかつ科学的に追試を行う必要があるのです。