takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

浜岡原子力発電所1号の事故は続いた

2001年11月8~10日、静岡県小笠郡浜岡町佐倉にある中部電力株式会社浜岡原子力発電所1号機で前日に発生した配管破断による蒸気漏洩事故(2001年11月7日)の調査中、制御棒駆動機構ハウジング貫通部に、ハウジング表面を伝わる水(漏水)を確認した。

経過

1号機は、2001年11月7日に起きた高圧注入系から余熱除去系熱交換器に分岐している蒸気配管のエルボ部の破断に伴う原因調査のために停止中であった。11月9日に、格納容器の点検を実施したところ、制御棒駆動機構1本の下部付近から、数秒に1滴程度の水が滴下していることを確認した。その後、調査作業に着手し、11月10日に、原子炉圧力容器底部の制御棒駆動機構ハウジングの貫通部に、ハウジング表面を伝わる水を確認した。当該ハウジングは、総計89本の制御棒駆動機構ハウジングのうちで、最外周に位置している。

その後、原子炉圧力容器の開放作業、全燃料取出しを行い、漏洩部位の特定調査を実施した。原子炉圧力容器底部の外側から、ハウジングとスタブチューブの間隙に圧縮空気を通すエアバブルテストを実施した結果、スタブチューブと原子炉圧力容器底部の取付け溶接部から気泡(バブル)の発生を、原子炉圧力容器内部の冷却水中で確認した。

超音波探傷試験を実施した結果、漏洩の原因となった欠陥は軸方向き裂1本で、取付け溶接部の溶接金属(インコネル182)全体に面状に進展しているが、熱影響部と原子炉圧力容器底部(低合金鋼)へは進展していない。軸方向き裂であることと、き裂の性状から、典型的な応力腐食割れと判断される。また、応力腐食割れは外面(ハウジングとスタブチューブの間隙)から発生し、内面(圧力容器内部の溶接部表面)へ貫通したと考えられる。

原因

原子力発電所では過去に、オーステナイト系ステンレス鋼の鋭敏化による応力腐食割れの事故を数多く経験し、オーステナイト系ステンレス鋼と低合金鋼の異材溶接の溶接金属を、オーステナイト系ステンレス鋼からインコネルに変更してきた。インコネルの溶接金属は、応力腐食割れを起こさないという実績があった。しかし、今回の事故の直前に、敦賀原子力発電所1号機のシュラウドサポートで、インコネルの溶接金属の応力腐食割れの事故を経験している(1999年12月9日)。今回の事故の原因がインコネルの溶接金属の応力腐食割れであることを特定すると同時に、早急に対策を構ずる必要がある。応力腐食割れと特定する際に、なぜ最外周に位置する1本のハウジングのうちで、なぜき裂が1本だけ発生したかを解明する必要がある。

対処

インコネルの溶接金属の応力腐食割れに関する対策は、単に今回の事故だけではなく、すべての原子力発電所と他の部位に共通する重要、かつ緊急の課題である。

今回の事故に限定すれば、対処は極めて難しい。1号機はインコアモニタハウジングの応力腐食割れの事故を経験している(1988年9月17日)。これはインコネルの溶接金属ではなくて、取付け溶接の過大な溶接入熱の影響を受けて鋭敏化した、ハウジング母材(オーステナイト系ステンレス鋼)の応力腐食割れであった。そして、ハウジングの拡管とスリーブ(さや管)の取付けによって、漏洩を防止する補修工法の実施が可能であった。現在までに、補修による問題は生じていない。

しかし、今回の事故のように、ハウジング貫通部のスタブチューブ取付け溶接部の応力腐食割れの場合、溶接施行は工場溶接であり、原子力炉圧力容器底部(低合金鋼)に影響を及ぼすことのない適当な補修工法は見当たらない。

対策

制御棒駆動機構ハウジング貫通部のスタブチューブ取付け溶接部の応力腐食割れの事故は軽微な漏洩という社会的関心(非難)を超えて、原子力分野の関係者にはより本質的、かつ深刻なインコネルの溶接金属の応力腐食割れと、取付け溶接部の補修工法という2つの課題を提起した。原子力分野の関係者全員の課題と、受け止めるべきである。

 

//// ここまでは、失敗知識データベースから一部を省略して転載しました。

 

何度も出てくる「インコネル」とは、ニッケルを基とした耐熱合金の商標です。少し専門的な話になりますが、鉄、クロム、ニオブ、モリブデン等の合金元素量の差異によってインコネル600、インコネル625、インコネル718、インコネルX750等様々種類が作られています。 インコネルは耐熱性、耐蝕性、耐酸化性、耐クリープ性などの高温特性に優れています。そのため、スペースシャトル、原子力産業、産業用タービンの各種部品、航空機のジェットエンジン、身近なものでは自動車用の高級マフラーなど様々な分野で使用されています。

一方、難削性が高く加工が困難であるという問題点もあって、コスト低減のためにも以前まで主体であった鍛造品(熱して叩いて形にする)から鋳造品(溶かして型に流し込んで形にする)へ移行しようとしています。しかし、耐熱合金ですから溶かすにしても非常な高温であり、エネルギーを多く消費します。

国内では、大同特殊鋼がスペシャルメタルズ社からライセンスの供与を受けインコネルの商標を使用し製造を行っていますが、原子力発電所で使用するような材料はアメリカから輸入しているでしょう。

ところで、失敗知識データベースの記事では、「インコネル182」となっていますが、そのような番号はありません、恐らく「インコネル718」の間違いでしょう。

 

ところで、上記事故は、応力腐食割れが典型的な例です。応力腐食割れは、材料、環境と引張応力の3つの因子の重畳効果によって生じます。そのため、応力腐食割れは、一つの因子に関する対策によって防止できると言われています。最も容易なのは、材料に関する対策です。要するに、新しい材料の開発または従来材料の特性向上によって、特定の環境と引張応力のもとで、応力腐食割れを生じない材料選定ができれば良いのですが、実はそう簡単にはいきません。上記の例でもステンレスと異なりインコネルは絶対に応力腐食割れを発生させない金属として開発されたにも拘わらず、結果的に応力腐食割れを起こしています。理論的には応力腐食割れを発生させない金属であっても、現実には、応力腐食割れを生ずる結果となることがあります。そして、再び新しい材料の開発または従来材料の特性向上によって、新しく材料が開発されるのです。

浜岡原発の1号機では、インコアモニタハウジングの応力腐食割れ(1988年9月17日)、高圧注入系分岐蒸気配管の破断による蒸気漏洩(2001年11月7日)、および制御棒駆動機構ハウジング貫通部のスタブチューブ取付け溶接部の応力腐食割れ(2001年11月7日以降~10日)の3つの中事故を経験しています。国内の原発の中では旧い原発ですが、保守点検は厳重に行って欲しいと思います。