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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

森鴎外も読もう-高瀬舟

 森鴎外の「高瀬舟」は、大正5年(1916年)1月、「中央公論」に発表された短編小説です。今で言う「安楽死」をテーマにしした小説であると言われています。と言うよりも確かに弟の自殺を助けたことがテーマになっています。

あらすじ

 高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟です。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、高瀬舟に乗せられて、大阪へ廻されることになっていました。
 或る春の夕、喜助といって30歳ぐらいの、これまで見たこともない珍らしい罪人が高瀬舟に乗せられました。喜助はいつもの罪人と違って、晴やかで、楽しそうな様子にさえ見えます。気の毒そうな感じが全くしない罪人だったのです。護送を命じられた同心羽田庄兵衛は、それを訝(いぶか)しんで、そのわけを問います。すると、喜助は「遠島にやられるにつき二百文を戴きましたが、自分は未だ二百文という銭を持っていたことはございませぬ。骨を惜まず働きましでも、貰った銭は、いつも右から左へ人手に渡さなくてはなりませんでした。ところが罪人になって初めて二百文の銭を自分の財産として持つことができ、島でする仕事の元手にしようと楽んでおります」と答えます。そして、庄兵衛から訊(たず)ねられるままに、身の上話を語り出します。
 喜助とその弟は、幼くして孤児となり、近所の情で生きて大人になることができました、二人はいつも助け合って働いました。
 しかし、去年の秋、西陣の織場で働き出して間もなく、弟は病気で働けなくなります。或る日、喜助が家に戻ってみると、弟は朱(あけ)に染まって倒れていました。兄一人に働かせるのが済まなくて、どうせ治りそうもない病気だから、剃刀で咽喉をついたのでした。そして瀕死の弟は「苦しい。剃刀をぬいてくれさえしたら死ねるのだから、早くぬいてくれ」と言います。見れば剃刀は咽喉にささったままです。喜助、か途方にくれていると、催促する弟の目が、次第に怨みと憎しみの色を帯びてきます。弟を死なしてやろうと決心した喜助は、今「ぬいてやるぞ」と言います。その瞬間、弟の目の色は晴れやかにさも嬉しそうになりました。そうして喜助が剃刀の柄を握って、引きぬいた時、近所の婆さんがはいって来ました。
 鴎外の描写を見てみましょう。

 

「わたくしは『しかたがない、拔いて遣るぞ』と申しました。すると弟の目の色がからりと変つて、晴やかに、さも嬉しさうになりました。わたくしはなんでも一と思にしなくてはと思つて膝を撞(つ)くやうにして体を前へ乗り出しました。弟は衝いてゐた右の手を放して、今まで喉を押へてゐた手の肘を床に衝いて、横になりました。わたくしは剃刀の柄をしつかり握つて、ずつと引きました。此時わたくしの内から締めて置いた表口の戸をあけて、近所の婆あさんが這入つて來ました。留守の間、弟に藥を飮ませたり何かしてくれるやうに、わたくしの頼んで置いた婆あさんなのでございます。

 もう大ぶ内のなかが暗くなつてゐましたから、わたくしには婆あさんがどれだけの事を見たのだかわかりませんでしたが、婆あさんはあつと云つた切、表口をあけ放しにして置いて驅け出してしまひました。わたくしは剃刀を拔く時、手早く拔かう、真っ直ぐに拔かうと云ふだけの用心はいたしましたが、どうも拔いた時の手応えは、今まで切れてゐなかつた所を切つたやうに思はれました。刃が外の方へ向ひてゐましたから、外の方が切れたのでございませう。わたくしは剃刀を握つた儘、婆あさんの這入つて来て又驅け出して行つたのを、ぼんやりして見てをりました。

 婆あさんが行つてしまつてから、氣が附いて弟を見ますと、弟はもう息が切れてをりました。創口からは大そうな血が出てをりました。それから年寄衆としよりしゆうがお出になつて、役場へ連れて行かれますまで、わたくしは剃刀を傍に置いて、目を半分あいた儘死んでゐる弟の顏を見詰めてゐたのでございます。」

(改行は、匠が入れました。)

 庄兵衛はこれが果して弟殺しというものだろうか、人殺しだろうかと疑うのですが、その疑問を解くことは出来ませんでした。

 

 上の引用だけで、全体の8%もあります。本当に、短い小説です。もっとも、だからこそ、教科書や参考書にも掲載されるのかもしれません。それに、これも大事なことですが著作権も切れています。短くてテーマは、はっきりして読み易くて有名になったのでしょう。

 鴎外は、医者でしたが、仕事とは別に自分の娘である、森茉莉が死に瀕した時、苦しむわが子を見て安楽死を考えたそうです。しかし、妻の父の厳然たる反対にあって果たされず、幸いにして茉莉は助かったという体験です。私自身は、助からない病気なら早めに楽にして欲しいと思いますが、自分の子供がそんなことになったら、最後の最後まで奇蹟を願うと思います。考えてみれば自分勝手な話です。
 しかし、臓器の提供には同意しています。こんなことを言って殺されることはないと思いますので書きます。日本は死んだら火葬します、燃やしてしまうのなら、使えるものは何でも使って頂ければ良いと考えています。燃やしてしまうものを再度、そのまま使うだけの話です。心臓が動いていたって、脳が死んだらお終いです。特に、世の中の迷惑になることをして生きて来た訳ではありませんが、それで助かる人がいるなら最後の最後に役に立つことをしたいと思っています。

 話を戻します。この小説は、前半部分でお金の話も出てきます。鴎外自身は、自分は永速の不平家であると言うようなことをどこかで書いています。確かに、鴎外の活動を考えてみても、鴎外にはやるだけやったのだから、それで良しとする考えはなかったのでしょう。だからこそ一層、知足の境地にあこがれていたのかもしれません。鴎外は、自分にはできないけれども、自分が立派であると思った人のことを歴史小説で讃えているのです。「高瀬舟」では、喜助を正面切って讃えている訳ではありませんが、役人である庄兵衛の気持ちを描写して静かな朧月夜の中を船で進ませています。