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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

福島原発事故-7

福島原発事故 自然災害

 昨日はあまりに手抜き記事だったので、今日も書くことにします。実際に資料を何冊も読みながら書き進めているので時間は足りないのですが愚痴を言っても何もなりません。間違った説の流布や、都市伝説的な話を広めないために続けたいと思います。

 

 今回の事故原因について、「格納容器が小さいMark I型だったから(設計タイプとして最も古い原子炉)」とか、「地震津波を気にしないGE社の設計だったから」という話を時々聞くことがあります。「アメリカは、川や湖の近くに原発を建設するから津波は想定していない」だから津波で簡単に壊れたと言う話です。しかし、これは日本の技術者をあまりに馬鹿にした話です。確かに、1号機は、GE社製ですがそれでも日本の設置場所に合わせて随分改良されていますし、米国製の原子炉をそのまま置いて使っていた訳ではありません。さらに、導入から20年以上経過した1998~ 1999年に、福島第一原発では非常用デイーゼルエンジン発電機2台の増設を行うなど、いろいろな追加安全策を実施しています。津波による浸水原因をGEのオリジナル設計のみに帰するのは間違いです。

 

 これまで、述べて来たように東北太平洋地震は、世界的に見ても最大規模の地震でした。そのため、地震により発生した津波も最大規模のものです。2011年3月11日、15時35分に福島第一原発を襲った第二波の津波は、高さ11.5~15メートル、局所的には17メートルの高さでした。その津波により、まず、海岸に近い海抜4mの敷地に設置されていた非常用冷却系、および非常用ディーゼル発電機用の「海水系ポンプ」すべてが被水しました。それらのポンプや駆動モーターの破損状況は不明でしたが、いずれにせよそれらはすべて機能を失ってしまいます。原子炉建屋やタービン建屋のある主要部の敷地高さはO.P+10.0メートルでしたので、それらの施設は最大で7メートルの浸水を被っています。そして、扉や空気取り入れ口などから建屋内にも浸水し、タービン建屋地下1階に設置されていた配電盤など多くの設備が被水しました。その結果、ほとんどすべての電源を喪失し、この後の過酷事故の始まりとなったのです。

 

 さらに、免震重要棟内の発電所対策本部のある部屋には、窓や敷地内の様子を見る外部監視カメラがなく、そのため全電源喪失後しばらくは、その原因が津波であることがわからなかったようです。

 

 全号機で交流電源が喪失、1,2,4号機では直流電源までもが喪失という報告が次々と入る中で、発電所対策本部では想像を絶する事態に皆言葉を失ったと記録にあります。吉田昌郎東京電力福島第一原発所長は、これまで想定してきたあらゆる過酷事故をはるかに超える事態が発生したことがわかり、とっさに何をすべきなのか思いつかなかったのですが、まず法令に基づき、全交流電源喪失という事態の発生を官公庁などに通報しました。

 

 総出力500万KWになる、6台の原子炉を人力で制御しようという壮絶な戦いの始まりです。