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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

古き良き米国西海岸を襲った、サンフランシスコ大地震

自然災害

1906年(明治39年)4月18日早朝、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ周辺に、マグニチュード7.8と推定される大地震が発生した。震源はサンフランシスコの近くを通るサンアンドレアス断層である。地震及びその後の火災は、ハリケーン・ガルベストン及びハリケーン・カトリーナなどと並び、アメリカ合衆国の歴史の中で主要都市で起こった最も被害の大きい自然災害の1つとなった。

地震波がサンフランシスコに到達したのは4月18日の5時12分(ほぼ00秒)である。天文学者ジョージ・デイヴィッドソンの記録によると、激しい震動が約1分間続き、いったん弱まったが再び強い震動が起こり、最初の震動が始まってから2分30秒ほどで収まったという。

当時、全世界で96基の地震計があり、その大半が地震動を記録している。それらの記録をもとにブルース・ボールトが1968年に発表した論文では、サンフランシスコの南西、デイリーシティのマッセルロック沖、約2kmの海域を震央としているが、地震発生当時はサンフランシスコから北西に60kmほど離れたオレマが震央だと考えられていた。オレマは地震によってサンアンドレアス断層がもっとも大きく動いた(約6.4m)場所である。

被害はサンアンドレアス断層の北部セグメントに沿った数百kmの細長い地域に集中したが、震動はオレゴン州からロサンゼルス、及び内陸深いネバダ州中央部まで広範囲で感じられた。

サンフランシスコ市内では充分な耐震強度を備えていなかった建造物の多くが倒壊し、少なくとも50ヶ所で火の手が上がった。水道管が破損していたため満足な消火活動を行えず、火災は3日間燃え続けた。陸軍は残っている建造物をダイナマイトで爆破して防火帯を作った。

 

//// ここまでは、ウィキペディアから省略・加筆して転載した。

 

サンフランシスコでは、比較的最近の1989年10月17日にも「ロマ・ブリータ地震」と呼ばれている大地震が発生している。しかし、一般的に「サンフランシスコ地震」と言えばこの1906年の地震を指す。あるいは、サンフランシスコ地震と区別するためにサンフランシスコ郊外にあるロマ・ブリータ山を震源とした1989年の地震に、別の名前をつけたのかもしれない。

1906年の地震では、当時42万人の人口に対し死亡者数は500~3500名と開きがある。資料によって異なるが、100年も前のことだからしかたがないのかもしれない。日本だって関東大震災の死亡者数は1923年から2004年まで約14万人と言われ教科書にも記載されていた。しかし、2006年からは理科年表でも「10万5千余人」と修正されている。また、阪神淡路大震災は、1995年(平成7年)に発生しているが、死亡者数が確定したのは、2005年(平成17年)である。警察、自衛隊、厚生労働省と組織が変ると、集計数も異なるため政府が公表する人数は、簡単に決められないようだ。

ここで、防火・防災管理者として一言。

車やバスに乗っている時、地震に遭ったらどうするか。

 

1)バスに乗っている時

  1. バスは横倒しにならない限り安全である。地震を感じたら左側に寄せて停車する。バスからあわてて外へ出ない。
  2. 外が安全と思ったら、歩いてもっと安全な所へ行く。
  3. バスにもたいていカーラジオがついているので、ラジオをかけてもらって情報を聞く。

2)車に乗っている時

  1. まずハンドルをしっかり持って、建物が倒れてこないか確認して、左側に寄せて車を止める。
  2. カーラジオを入れて、情報を収集する。
  3. 前後の車に注意して、地割れ、陥没はないか、道路の状況を確かめる。
  4. 緊急車輌の通行に支障がないか確認し、車を置いた場所の目印を憶えておき、自分の名前、連絡先をメモして車に残す。
  5. キーをつけたまま、貴重品と車検証を持って安全な場所に避難する。

特に、最後のキーを付けたまま駐車しておくことは重要なので守って欲しい。車が盗まれることは殆ど無い(と思う)。