takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

シャーロキアンのシャーロックホームズ:第3弾『赤毛連盟』

シャーロキアンからの人気投票では毎回1位~3位までに入る作品

「赤毛連盟」の画像検索結果

ウィキペディアより)

『まだらの紐』『技師の親指』と、久しぶりにコナン・ドイルシャーロック・ホームズものを立て続けに読むと、ホームズの推理力の素晴らしさ、すなわち、コナン・ドイルの推理の構成力に感心させられます。

その推理を導きだすホームズの依頼者にする質問は、唐突感のある、もっと言えば、不自然なタイミングで行われます。依頼者の話が終わった後で、まとめて質問するような行儀のよいものではありません。

好みの問題かと思いますが、私は、刑事コロンボのように、帰り際にしつこく、「うちのカミさんがね」と、ダメを押す質問の仕方が好きでした。

好きでした。と過去形で語るのは、以下に引用するイギリス人の質問に関する伝統を読んで、ホームズの不自然な質問のタイミングの意味を理解したからです。

「イギリスでは、伝統的にモヤモヤした状況を一気に解決に向かって動かせるような質問が出せる人が『頭がいい』と考えられ、重んじられています」(「最高の結果を引き出す質問力」河出書房新社茂木健一郎著、P18より。太字もそのまま引用)

ホームズは『頭のいい』、すなわち、卓抜した推理力の持ち主なので、依頼者の話の途中でも、既に答えを導き出しおり、その不自然とも思えるタイミングで念押しのための、「一気に解決に向かって動かせるような質問」をしているのでした。

イギリスの質問に関する伝統を、茂木さんから教わったおかげで、ホームズの質問を、今まで以上に楽しむことができるようになりました。

前置きが長くなりましたが、『赤毛連盟』におけるホームズの唐突感のある質問を楽しむために、以下に引用します。

―「その店員は仕事を覚えたいのでふつうの給料の半分でいいといってくれているんですよ」

「そのありがたい若者の名前はなんといいますか?」

「ヴィンセント・スポールディングです。(中略)とにかく、頭はいいですよ、ホームズさん。だからもっといい職に就いて、うちで払っている分の倍はすぐ稼げるはずです。しかし(中略)こっちからよけいなことをいう必要もないでしょう?」

「もちろんです。しかし、世間なみの給料も払わずに人を雇えるとは、ずいぶんラッキーですね。(中略)例の広告に劣らないほど珍しい存在かもしれませんよ」

「いや、あの男には欠点もあるんです。(中略)写真を撮りまくっては、ウサギが巣穴へ逃げるみたいに地下室へ飛び込んで現像するんですよ。(以下、略)」(短編集「シャーロック・ホームズの冒険」の「赤毛連盟」コナン・ドイル著、石田文子訳、角川文庫P51より)

 

 「赤毛連盟」の奇妙な新聞広告から、不思議な出来事に巻き込まれた依頼人のジェイブズ・ウィルソンが、ホームズに一部始終を話している途中で、早速、ヴィンセント・スポールディングに目をつけたホームズは、「例の広告」に劣らないと、「赤毛連盟」の広告を引き合いに出し、さらに、ヴィンセントに関する「地下室へ飛び込んで」という情報を聞き出します。何とも切れ味鋭い「質問力」です。

 他の作品も同様に、ホームズが依頼者に質問をした時点で、事件のある程度の概要が明らかになるのです。

 ある意味、ホームズの質問の唐突感は、事件解決に向けてのトップギアの役割を果たしています。すなわち、コナン・ドイルの作中における「大道具」なのです。

 これからも、もっともっと、ホームズの「唐突感のある質問」を楽しんでいきたいです。

シャーロキアンのシャーロックホームズ:第2段『技師の親指』

ホームズの推理力が炸裂

犯人の隠れ家―『技師の親指』では、悪賢い一味が偽金をつくる場所であり、被害者である技師の親指が切断された場所―を探しあてるシャーロック・ホームズの推理力の見事さが、本作品の面白さです。

「技師の親指」の画像検索結果

ウィキペディアより)


犯人の隠れ家がわからないために、捜査が行き詰ってしまう。読者は、それを明かす捜査側の仕掛けや捜査力―本作品の場合は、シャーロック・ホームズの洞察力や観察力によって導かれる推理力―を知るその瞬間に、作品に引き込まれます。それは、捜査をしている登場人物と共に、犯人を捕まえる手掛かりを掴むという疑似体験によって得られる快感とも言えます。
ストーリー展開は全く違いますが、私は黒澤明監督の『天国と地獄』における犯人の隠れ家が見つかるシーンを、『技師の親指』における犯人の隠れ家が見つかるシーンに重ね合わせました。

「天国と地獄」の画像検索結果


『天国と地獄』では、誘拐された子供を取り戻しますが、身代金を捕られてしまう捜査陣が、犯人に対して、身代金受け渡しに使った鞄を燃やすように仕向け、その燃やした煙が牡丹色になる―事前に捜査陣が施している仕掛け―のを目印として、隠れ家を探し当てます。モノクロ画像が、牡丹色に変わるシーンは、捜査陣の捜査成功の歓喜の色とも捉えることができます。
『技師の親指』は、映画ではないので、このような手法は使えませんが、そのシーンを引用してみます。
―われわれがアイフォードの駅に到着したとき、大きな煙の柱が近くの木立の向こうから立ちのぼり、巨大なダチョウの羽のように村の上空に広がっていた。―(『シャーロック・ホームズの冒険』の『技師の親指』P328より、角川文庫、コナン・ドイル著、石田文子訳)
『天国と地獄』の場合、モノクロ画像に映える牡丹色の煙。『技師の親指』の場合は、巨大なダチョウの羽のような大きな煙の柱です。煙を大きなダチョウの羽に例えることで、想像も及ばないような迫力が煙に乗りうつります。直喩の効果は絶大です。

「ダチョウの羽」の画像検索結果

 


『天国と地獄』には、原作があります。アメリカの推理小説作家のエド・マクベインの『87分署シリーズ』の第10話『キングの身代金』です。もし、1926年生まれのエド・マクベインが、『技師の親指』を読んでいたのなら―シャーロック・ホームズの生みの親である1859年生まれのコナン・ドイル作品を教科書的に読んでいたと十分考えられるー『キングの身代金』は、『技師の親指』より構想を得ているとも言え、黒澤明も、もしかしたら、コナン・ドイルエド・マクベインという両巨匠へのオマージュとして、『天国と地獄』を撮影したと飛躍的に想像することは、私の各作品への愛着としましょう。
冒頭に、巨大なダチョウの羽のような大きな煙の柱が立ちのぼった悪賢い一味の隠れ家を、シャーロック・ホームズが探し当てる推理力に、『技師の親指』の面白さが凝縮されていると紹介しました。推理力と言いましたが、シャーロック・ホームズのそれは、むしろ、『技師の親指』においては、洞察力や観察力と言った方がいいのかもしれません。
複雑なトリックもあるシャーロック・ホームズものではありますが、『技師の親指』のような洞察力や観察力という誰もが備えうる能力にて、事件に迫るという軽いタッチは、同シリーズにおける「小品としての妙味」をも堪能でき、コナン・ドイルの「小粒でもぴりりと辛い」技量を感じさせられます。

朝日新聞さん、まさか参考しにしていませんよね?

2月4日の日曜日、朝日新聞の記事です。

www.asahi.com

 

 一部そのままコピーします。

 

メアリーの生きた時代、科学はめざましい進歩を見せ、技術の発展は産業革命をもたらした。そうした近代社会を背景に、この小説は、最高の知性が最悪のモンスターを生むかもしれない不安や、倫理のゆらぎを暗示して今日的だ。久しぶりに手に取ってみると、古びるどころかますます深い読み方を求めてくる。

     *

 あらためて読み直してみたのは、先月の下旬、本紙に載った1枚の写真にふと不気味さを覚えたからだ。

 クローンのサルが2匹、抱き合うように写っていた。中国科学院のチームが体細胞から誕生させることに成功したという。羊や牛などでは前例はあるが霊長類では初めてだと記事は伝えていた。

 羊や牛とは違って顔つきや四肢が人間に似ているうえ、表情まで分かる。不安そうに見開いた大きな目には何が映っているのだろう。踏み込んではならない禁断の領域にまた一歩近づいたようで、微(かす)かなおののきが脳裏をかすめた。

 英国でドリーという名のクローン羊が誕生したのは1996年だった。世界は衝撃を受け、「この羊のような人間をつくってはならない」などと倫理の線引きが慌ただしく進んだ。それから約20年を経て、原理的には人間にも応用できるレベルまで技術は進んできたようだ。

 2匹のサルは「中華」から一字ずつ取って「中中(チョンチョン)」と「華華(ホワホワ)」と名づけられた。中国科学院の幹部は会見で「クローン人間をつくるのが目的ではなく、人類の健康や医療に貢献するため」だと述べていた。とはいえ、こうしたきわどい既成事実を重ねていくうちに、中国に限らず、いつかどこかで禁断の鍵(かぎ)が外れてしまうことはないのかと不安は残る。

 

私の記事は1月28日の更新ですが

takumi296.hatenablog.com

 

一部を紹介すると

フランケンシュタイン」は、1818年に出版されました。今から、2世紀も前の物語ですが、ここ20年間における科学の進歩―1997年に、英国でドリーという名のクローン羊が生まれ、今や、中国がクローン猿を作ることに成功―を予見した200年前の「近未来小説」でもあります。要するに現代が舞台と言って良いのです。

 2世紀前に「フランケンシュタイン」のような人造人間ができるという例えは、現代科学においては、年の離れた一卵性双生児が生まれるということになります。実際に、中国の研究チームは、「原理的には人間にも応用できる」と、発表しています。
 誰が、自分と「年の離れた一卵性双生児」を望むのでしょうか。興味半分で、見てみたいという人もいるかもしれませんが、やはり、気持ちのいいものではありません。中国の研究チームは、医療研究が目的といいますが、人類の破滅に向かうような利用目的に悪用される可能性もあります。もっとも考えられるのは、臓器の提供が必要な病気になったとき、自分の一卵性双生児を作り、その臓器を取ると言う行為、あるいは考え方です。中国はこれをやるつもりなのかもしれません。

 

まさか天下の朝日新聞様が、1日1,000件程度の過疎ブログを参考にするとは思えませんが、同じ視点で書かれたことは確かです。

これは喜んでよいことなのか?

悲しむべきことなのか?

どんなもんでしょう?

 

 

シャーロキアンのシャーロックホームズ:先ずは『まだらの紐』

シャーロックホームズの冒険

「シャーロックホームズ」の画像検索結果

 

密室殺人は推理小説の基本

推理小説の巨匠の代名詞的な作品を挙げてみると、全て「密室殺人事件」となるのでは、ないでしょうか。
エドガー・アラン・ポーと言えば、「モルグ街の殺人」。
江戸川乱歩ならば、『D坂の殺人事件』。
そして、コナン・ドイルの場合は、『まだらのひも』です。
 小学生の頃、コナン・ドイルシャーロック・ホームズものに熱中。
もちろん、『まだらの紐』も、夢中になって読みました。
そして、今、あらためて読み直すと、もちろん、面白い作品であることは、子どもの頃と同じように変わりありませんでした。

しかし、気になる翻訳箇所、正確に言えば、原題の絶妙さが、邦題をつけることによって、損なわれているのではないかと思える箇所がありました。

事件の鍵

事件の依頼者であるヘレン・ストナーは、探偵のシャーロック・ホームズに、双子の姉・ジュリア・ストナーが謎の死をとげた時のダイイング・メッセージ「まだらの紐」を告げます。このメッセージに対する二人の会話が、ある意味、この物語のクライマックスといっても過言ではないでしょう。以下に引用いたします。

―「なるほど。それで、お姉さんがおっしゃった『ひも』という言葉ですが、それはなにを指すと思われますか?『まだらのひも』でしたね」
「それは、意味のない単なるうわごとかと思いますし、『ひと』といったのかともしれないとも思います。つまり、いまおっしゃったロマ(筆者註、ヒステリックな義理父の唯一の友達であるジプシー一団のこと)のこととかです。よくわかりませんけど、ロマは水玉模様のハンカチを頭にかぶっていることが多いので、そのことを指して、ちょっと変ですけど『まだらの』といったのかなと」

「ホームズは首を横に振った。まるで、その答えは」まちがっているといいたげなようすだ。―(「シャーロック・ホームズの冒険、まだらのひも」コナン・ドイル著、石田文子訳、角川文庫P270より)
邦題から、この密室殺人は、なんらかの「ひも」によってなされたと、本を読む前から想像してしまいます。
密室の中だが、何らかの手段で、ひもを首に巻き付けて、絞殺したのではと。
私たち日本人は、このように謎解きの道筋を邦題から既定されます。
しかし、「ひも」と「ひと」の聞き間違いと思うヘレン・ストナーに対して、その聞き間違い自体が、間違いであると看破してしまうシャーロック・ホームズの「推理の妙」が、この物語のキーポイントと思うと、「ひも」と「ひと」を表す英単語が、何であるか気になります。

原題

原題は、『The Adventure of the Speckled Band』。Bandという単語は、「ひも」という意味と「一団」という意味があります。
英語圏の読者は、本のタイトルをみて、「ひも」によって殺されたのか、ジプシーの「一団」によって殺されたのかは、読み進めないとわからない「コナン・ドイルの仕掛け」となっています。「ひも」と「ひと」の聞き間違いに訳した翻訳者の工夫は見事ですが、やはり、私は、「コナン・ドイルの仕掛け」にはまってみたかったです。
残念な邦題ですが、それを差し引いても、「密室殺人事件」ものの金字塔ともいうべき作品でのシャーロック・ホームズの「推理の妙」は、読んだ人しかわからない奇想天外さになっています。

 

これから暫く連続で「シャーロックホームズ」の物語に関する感想文や紹介を載せます。

「シャーロックホームズ」の画像検索結果

シドニー・バジェット画(1893年)

 

フランケンシュタインの読了

あらすじをもう一度

多くの人は、この言葉から、額が広く、病的に青白く、憂いの瞳を持った醜悪な大男のことを想像するかと思います。
実際は、この人造人間である大男には、名前すらありません。生みだした天才科学者の名前が、フランケンシュタインです。これは以前紹介した通りです。

この科学者が、猛勉強の末に、自然科学の常識を打ち破り、自身の夢である人造人間を創り出します。しかし、自分で勝手に作っておいて、醜悪だと言う理由だけで化物を棄ててしまいます。ヴィクター・フランケンシュタインは、化物を見捨て放り出すことで最終的に復習される、この物語を大まかに言うとそうなります。創造主であるヴィクター・フランケンシュタインにとっては、生み出した時点で、単なる化物でしかなかった名前すらない化物、しかし本当の化物はどちらだったのか?

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フランケンシュタインは200年前の近未来小説

フランケンシュタイン」は、1818年に出版されました。今から、2世紀も前の物語ですが、ここ20年間における科学の進歩―1997年に、英国でドリーという名のクローン羊が生まれ、今や、中国がクローン猿を作ることに成功―を予見した200年前の「近未来小説」でもあります。要するに現代が舞台と言って良いのです。

 2世紀前に「フランケンシュタイン」のような人造人間ができるという例えは、現代科学においては、年の離れた一卵性双生児が生まれるということになります。実際に、中国の研究チームは、「原理的には人間にも応用できる」と、発表しています。
 誰が、自分と「年の離れた一卵性双生児」を望むのでしょうか。興味半分で、見てみたいという人もいるかもしれませんが、やはり、気持ちのいいものではありません。中国の研究チームは、医療研究が目的といいますが、人類の破滅に向かうような利用目的に悪用される可能性もあります。もっとも考えられるのは、臓器の提供が必要な病気になったとき、自分の一卵性双生児を作り、その臓器を取ると言う行為、あるいは考え方です。中国はこれをやるつもりなのかもしれません。

ヴィクター・フランケンシュタインが変わって行くところは上手い表現

ヴィクター・フランケンシュタイン

(この画像に深い意味はありません)

そういう意味で言うと「フランケンシュタイン」は、世に出た時点では、子どものように純粋無垢であったにも関わらず、知性と感情を獲得していく過程で、外見が醜悪だったために、出会った人々から忌み嫌われることによる愛情の欠落感が犯罪を起こしていくという人間心理―化物心理というべきか―の暗部を描き出しています。
 この暗部は、化物に復讐される過程において、性格が破綻していく創造主であるヴィクター・フランケンシュタインの人間心理を鏡で写し出したものでもあり、拡大解釈をすれば、現代社会において科学に関わる人間心理、もっといえば、人が誰しも持つ暗部をも示唆するものでもあります。
 このような解釈をすれば、人類全ては、この物語のような「化物心理の暗部」を持っていることになり、心苦しい読後感を覚えます。
 このような私の感想ですと、名作「フランケンシュタイン」を手に取る方も少ないかと思います。

映画「ミツバチのささやき
 ミツバチのささやき HDマスター

 

 なので、この私の読み込み方とは真逆に、「フランケンシュタイン」における「人間心理の純粋無垢」を見事に描いた映画「ミツバチのささやき」(1973年、スペイン、ビクトル・エリセ監督)を紹介したいと思います。
ミツバチのささやき」は、「フランケンシュタイン」(1931年、アメリカ、ジェイムズ・ホエール監督)を劇中劇として取り上げています。移動映画で同作品をみた6歳の主人公である少女・アナは、化物が、誤って、優しくしていた少女を殺してしまうシーンを見ても、怖さを抱きません。むしろ、興味を抱きます。姉のイサベルから、化物は精霊であり、友達になれば、いつでも会えると聞きます。実は、イサベルは、アナをからかっていたのですが、精霊の住処であると廃墟を教えられ、その廃墟に逃亡者が偶然にも逃げ込み、アナがその逃亡者を精霊と思い、リンゴや衣類を家から持ち出し、与えるのでした。
 アナが、逃亡者にリンゴを与えるシーンは、作品のクライマックスで、その大きな黒い瞳は、世の中の全てを包み込み、「純粋無垢」に昇華する奥深い神々しさがあります。
 私は、冒頭で「憂いの瞳」を持った化物と紹介しましたが、これは、大人である私たちの心理を表しているのかもしれません。ビクトル・エリセ監督は、アナの瞳を鏡として、化物を、そして私たちを純粋無垢に描いています。

[シェリー]のフランケンシュタイン (光文社古典新訳文庫)

 

 もし、この小説を読むのであれば、このように、「フランケンシュタイン」という作品を通じて、純粋無垢な心のあり様に触れる体験もできます。あるいは、本当の化物は名前の無い人工生物なのか、それとも天才科学者ヴィクター・フランケンシュタインなのか、悩みながら読んでい下さい。

 

Webサイトコンサルティング

これからの士業

士業をしているうえで、必ずぶつかるのが独立起業の問題。

それがすでに起業を果たして個人事業主となっている場合でも、今後企業を考えているような人であっても、抱える悩みというのは少なくありません。

なかでも、WEB対策に関して言えば、くわしくない人にとっては全く未知の領域です。

しかし、だからといってWEB対策を放棄したりないがしろにしているようでは、これからの士業の未来を考えたとき、その未来が明るいとは言えません。

いまや、WEB対策は必須の時代になっているのですから。

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WEB対策は「した方がいい」から「必須」の時代へ

 

つい数年前までは、起業を考えるとき、もしくは個人事業を営む際、WEB対策はした方がいいといわれていました。

もちろんそれは間違いではなく、そのころはまだ、WEB経由で販売促進や集客が期待出来得るという程度の物であったことは確かです。

しかし、今やそれはもう間違っているといってもいい時代になりました。

いま、士業家が起業を考えるもしくは個人事業主として商売を営んでいくという時に、WEB対策を全くせずにその道に突き進んでいくのは、もはや無謀といっても過言ではありません。

そう、すでに時代は変わってしまっているのです。

 

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ポケットにネット世界を持ち歩く時代

かつてWEB対策はした方がいいといわれていた時代は、まだネットにつながる端末が家庭に一つの時代でした。

しかしそれから時代は流れ、ネットにつながる端末は家庭に一つから一人に一つに代わり、いまやスマホの登場で家のなかどころか、どこに行くにもポケットの中にネット世界の入り口を持ち歩く時代になったのです。

その結果、人々の生活にネット上の世界は欠かせないものとなりました。

ファッション・医療・エンタメ・ショッピング・オークション・フリーマーケット・語学・学習……その生活にかかわるありとあらゆるものが、ネットの世界で完結する時代になったのです。

それは言うならば、世界中の人が集う一つの街。

WEB対策をしないということは、そんな世界で最も人が集い、世界中の人間が最も利用する、そんな世界一栄えた街に、窓口どころか看板も出さないということに等しいのです。

それはもはや、集客の放棄とすら言えます。

Webマーケティング、私の場合

先ずはコトラー先生に学びましょう。

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私の仕事はWebマーケティングの『技術士Lock-On:二次試験対策講座』と『技術士独立・開業支援コンサルティング』がメインです。
現在、企業様向けのコンサルティングが少しづつ増えてきましたが、これはWebを全く使っていません。今のところ全て口コミです。

Webマーケティングとは、要するにインターネットを介した顧客との関係づくりです。対面が主流だったコミュニケーションが、インターネットを介したものに変わったのだと考えればよいのです。ですから、Webマーケティングのノウハウというよりも、ビジネスの本質から考えていくとわかりやすいものです。

今回は、私のWebマーケティングにおける基本的な戦略について紹介します。
ちなみにマーケティングと言えばコトラー先生です。世の中のマーケティングに関する本は基本的にコトラーの主張を部分的に切り取りその一部を解説していると言っても良いと思います。
他にイノベータ理論もありますが、まあコトラー先生の本が定番の戦略的思考ともいえます。ですからWebマーケティングを進めていくうえでは、かならず知っておきたい理論と言って良いでしょう。

 

3C分析

Webマーケティングの基本と言っても要するにビジネスの基本です。
そのビジネスの基本ですが、顧客との良好な関係を築くときに、3C分析という手法をもちいるケースがおおく見られます。3C分析とは、自社、競合、顧客のそれぞれをリサーチし、戦略を考えるフレームワークです。

例えば、100万PVをほこる有名ネットショップの事例です。
「phocase」というデザインスマホケース通販のネットショップですが、そのコンセプトづくりにも3C分析などが役立てられています。
顧客のことを考え、必要なものを提供する。ビジネスの基本は変わりません。

私の場合で言いますと、大手講座と異なるサービスの提供から考えました。
技術士試験対策講座は大手が2社あります。
大手は基本的にリアル講座が主体です。

これの最も良いところはモチベーション維持です。
少なくともリアル講座に参加したあと1週間ぐらいは「目標目指して頑張ろう」と決意するものです。
私の通信講座ではそれができません。

そこで私は大手が絶対にできないサービスを考えました。
それが、36時間以内の返送です。
大手の場合は、事務手続きがありますから36時間以内の返送は100%無理です。
私はそこにフォーカスしてその部分を特化しました。

また、顧客のことを考えると私自身受験者だったと課題を提出して添削・コメントが帰ってくるまでとても不安でした。ですから早く返して貰えると本当に助かると思っていました。私の講座ではアンケートも採っていますが、全ての受講者さんから最も評価されているのは返送の早さです。

私の3C分析はこんな使い方です。
具体的な使い方は次回お伝えします。

 

印中の紛争地帯

アルナーチャル・プラデーシュ州

 

以下は産経新聞の記事ですが

www.sankei.com

アルナーチャル・プラデーシュ州なんて知っている日本人はそんなにいないと思います。

ブータンの右隣にある地方です。

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面積は83,700キロ平方メートル、日本の北海道ぐらいです。

人口は109万人ですから、これは北海道の1/4弱。

上の図はグーグルアースのものですが、国名が記されていません。

昔の世界地図では白地だったときもあります。

住んでいる109万人の公用語ヒンディー語と英語です。

ですから、文化の面で言えばインドと言って良いのでしょう。

しかし、中共はだいぶ以前からこの地方を「蔵南」と呼び領土権を主張していました。産経の記事にあるとおりです。

この州が位置する地方がインドの管轄下となり、中国との国境紛争地帯となった発端は、1910年代半ばに開催されたシムラ会議と、この会議で提示されたシムラ協定にさかのぼります。

 

中国共産党の拡大主義

中共は東の海でもそうですが、領土を拡張しようとする目的のためなら非常に積極的です。

この地方の領有権に関しては、水野一晴 『神秘の大地、アルナチャル-アッサム・ヒマラヤの自然とチベット人の社会-』 昭和堂、2012年3月に詳しいので、興味があるかたはぜひ、一読して下さい。購入しなくてもおそらく図書館で借りられます。

商品の詳細

東南アジア諸国の独立に関しては本もたくさんありますが、内陸部の国々に関しては資料もほとんどありません。

チベット、モンゴル、ブータンなどその歴史はあまり知られていません。

特に新疆ウイグル自治区なんて、「新疆(しんきょう)」を読めない人も多いです。

新疆ウイグル自治区の民族構成はウイグル族のほか、漢族、カザフ族、キルギス族、モンゴル族(本来はオイラト族である)などさまざまな民族が居住する多民族地域です。

自治州、自治県など、様々なレベルの民族自治区画が置かれているのですが、支配しているのは中共です。中華民国時代には、1912年から新疆省という行政区分が置かれていました。

また、こちらは綿製も1,600,000平方キロメートル(日本の4倍)と中共の州レベルでは最も大きい地区です。人口は1,900万人。

この地域の内紛はご存知の方も多いでしょう。

でも詳しいことは知りませんよね。

興味がある方にはこの本をお薦めします。(ただし、今はもう古本しか手に入りません)

商品の詳細

中国を追われたウィグル人:水谷尚子(文春新書:2007年)

この本を読むと、領土を広げたいと考えるのはまさに「中国4000年の歴史」なのだと思いました。

 

 

 

 

 

200年前に誕生した化物の物語~『フランケンシュタイン』生誕200年~

最初のSF小説

 

小説のジャンル分けは難しいと思いますが、今から200年前1818年に世界初のSF小説が生まれました。
フランケンシュタイン』は、イギリスの小説家、メアリー・シェリーが1818年3月11日に匿名で出版した当時のゴシック小説です。原題は『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』。

先ずはゴシック小説から説明しましょう。


ゴシック小説は、18世紀末から19世紀初頭にかけて流行した神秘的、幻想的な小説のことです。主に英国がその産地でした。
今はあまり読まれない小説家たちですが、

東洋趣味的なウィリアム・トマス・ベックフォード『ヴァテック』(1786年)、『森のロマンス』(1792年)
アン・ラドクリフ『ユードルフォの秘密』(1794年)
マシュー・グレゴリー・ルイス『マンク』(1795年)、『イタリアの惨劇』(1797年)
チャールズ・ロバート・マチューリン『放浪者メルモス』(1820年
ジェイムズ・ホッグ 『悪の誘惑』 (1824)
などがあります。

私はこのジャンルの本を昔(40年近く前)、好きで読んでいたことがあります。
シャーロック・ホームズは小学生から読んでいましたが、その後です。
日本の横溝正史江戸川乱歩も少し読みましたが、海外の小説の方が良かったと思います。

ちなみに、

ガストン・ルルーオペラ座の怪人』(1911年)
ブラム・ストーカー『ドラキュラ』
ナサニエルホーソン『緋文字』

などもゴシック小説の系譜と言って良いと思います。

特に『緋文字』はアメリカ文学ですが名作です。

 

フランケンシュタイン』はどんな物語?


フランケンシュタイン』は発表当時やはりゴシック小説として分類されました。

しかし、現代では科学者の倫理を扱った最初のSF小説と言う評価が定着しています。
私もそう思います。

天才的な科学者ヴイクター・フランケンシュタインは科学の粋を集め人造人間の製造に成功します。(現代の科学技術の知識がある人なら笑ってしまいますが、大雑把に言うと死体に電気をながいして生命を与えるというものです)
また、誤解が多いのですが、「フランケンシュタイン」は化物を作った科学者の名前であり、化物には名前がありません。おそらく名前が無いから化物を「フランケンシュタイン」だと思っている人が多いのでしょう。

誕生した人工生命体は見るにたえない醜い怪物でした。
ヴイクター・フランケンシュタイン自分で作っておきながら、そのおぞましさに耐えられず化物をおいて逃げ出します。 
一人うち捨てられた怪物は、はじめは善良な存在でした。ゲーテやミルトンを愛読し、人間の高貴さや愚かさについても深く考え続けていました。
しかし、いわれない迫害を受け人類への復讐を決意。ヴィクターを取り巻く人々の殺人を開始するという物語です。

これは、現代でも残忍な犯罪を犯した人に良く言われる話ではありませんか?

そもそも、本当の化物はどちらだったのかと考えるととても面白いしまた、重要なことを考えさせられる小説です。(おそらくマッドサイエンティストの元祖はヴィクター・フランケンシュタインです。)

最近ほとんど小説を読まなくなった私ですが、今週は『フランケンシュタイン』を読み返してみようと思います。

本は

新潮文庫:芹澤恵訳(2014年)

光文社文庫:小林章夫訳(2010年)

の両方を持っていますが、小林章夫訳で読みます。

また、『フランケンシュタイン』の脱稿は1817年です、ですから脱稿で考えれば昨年が生誕200年です。しかし、通常本は出版された年で考えますから1818年出版なので今年を生誕200年としました。

 

 

 

あけましておめでとうございます。

今年は元旦から書きます。

昨日お伝えしたとおり、2時から危険物の問題集を作成しておりました。

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まだ日の出にはだいぶありますが、今年はどんな年になるのでしょう。

と言うよりも、自分がどんな年にするのかが大切ですね。

私の場合、今年の目標は2つ。

とてもささやかな目標です。

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