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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

31年前に発生したレーニン スタジアムの惨事、本当の死者数は300人を越えていた

1982年10月20日、ソビエト連邦モスクワ市のレーニン スタジアム(現:ルジニキ スタジアム)でルジニキの惨事と呼ばれる群集事故が発生しました。事故の死者340人を超えると言われていますが、正確には分っていません。当時、ロシアはまだソ連でした、当時のソビエト連邦では、事故や不祥事を公にしない方針を採っていたこともあって、当初は死者数66人とする数字が公表発表されていたのです。ソビエト連邦が崩壊した後、この事故を調査した人がいて死者340人以上とする推計がなされるようになりました。中国の事故列車を埋めた件もそうですが、独裁国家はろくなことをしません。

事故の当日、スタジアムではUEFAカップ1982-83の2回戦、地元のサッカーチームスパルタクとオランダのHFCハーレムが試合を行われていました。スパルタクがリードして迎えた終盤、観客が帰り始めた際に追加点が入ると大歓声が起き、驚いて戻ろうとする群衆と帰ろうとする群衆が交錯しました。しかし、寒波のため階段が滑りやすい状況になっていたこともあり大規模な将棋倒しが発生し、多数の死傷者が発生したようです。

その後、レーニン スタジアムは、ルジニキ スタジアムと改称。同スタジアムを本拠地とするスパルタクは、毎年10月20日前後に慰霊のためのイベントを実施しています。

それにしても、欧州や南米のサッカーは日本人には理解し難いほどの盛り上がりがあります。上記の事故は、「フーリガンの暴動」ではありません。直接の原因は、猛烈な寒波でしょう。当時のレーニン スタジアムは、ロシア最大の多目的競技場で、現在の公式収容人数は78,360人(最大約10万人)とありますから、それに匹敵するファンで埋め尽くされていたでしょう。また、これは想像ですが、警備員の配備も杜撰だったと思います。

 

ところで、このような事故を群衆事故と言いますが、日本でも時々発生しています。

以下はWikipediaより。

 

  • 1934年1月8日 - 京都駅跨線橋転倒事故

京都駅構内で海軍に入団する新兵を見送るために集まった人垣で将棋倒しが発生。死者77名、重軽傷者74名。

皇居の一般参賀に訪れた人達の将棋倒しが発生。死者16名、重軽傷者65名。

新潟県西蒲原郡弥彦村彌彦神社で初詣客が殺到。死者124名、重軽傷者77名。

  • 1960年3月2日 - 横浜歌謡ショー将棋倒し事故

神奈川県横浜市中区の横浜公園に在った横浜市立体育館で、ラジオ関東(現:ラジオ日本)主催の『歌謡曲ゴールデン・ヒット・ショー』公開録音の観覧に訪れた聴衆が開門と同時に殺到し、将棋倒しとなった。死者12名、負傷者14名。

  • 2001年7月21日 - 明石花火大会歩道橋事故

兵庫県明石市の大蔵海岸で開催された花火大会の終了後に、帰路に着く人の列が歩道橋に集中し死者11名、重軽傷者247名。

 

 

 

群集事故は、誘導されていない人の群れの流れが、様々な要因で事故に発展した状態です。例えば、通行の邪魔になるものが通路上にあって流れが滞留し、これが災害など他の要因で人の流れが加速した際に、許容量を超えて滞留場所に人が殺到、その場にいた人に甚大な被害を与える事故などが典型的なケースです。

死者がでるケースは、階段やエスカレータでの将棋倒しが多いのですが、二重橋事故の場合は、坂道で発生しています。また、冬の場合は路面・地面が凍って滑ることで事故が発生することもあり、初詣の階段などは危険な場所と考えて良いでしょう。何か起きても神様が守ってくれることは絶対にありません。

加えて、災害など強い突発的なストレス要因などが発生していない時でも、明石花火大会歩道橋事故のように、継続的なストレスを受け、些細なきっかけから均衡状態が崩れ事故に至ったケースもあります。明石の事故は、行楽客が進むことも戻ることもできないで「イライラ」している時にさらに多くの人の流入があり、事故に発展しました。

現在は、このような事故を防止するためにコンピュータ シミュレーションで人の動きを再現し、偶発的な要素で発生しうる停留の状況を数理的に把握解析する研究が進んでいます。

これから、年末年始に掛けて人の多いところへ出かけることもあるかと思います。その時、この事故のことを頭の片隅に留めておいて下さい。