takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

アトミック パワー・解き放たれた力-10

 マンハッタン計画の中ではできませんでしたが、その後の冷戦中に画期的なウラン濃縮方法が考えられました。ウラン235を分離するもっとも効率的な最新の方法は、ガス遠心分離機を使う方法です。もし皆さんが遊園地で高速回転する大きな円筒形の乗り物の壁に押しつけられた経験があるなら、遠心分離機がどういうものかおわかりでしょう。皆さんが壁に押しつけられていると感じるのは、遠心力がはたらいているからです。そして、回転中に突然床が下に落ち込んでびっくりさせられますが、遠心力によって体は壁に吸いついたままです(摩擦力の影響もあります)。

 ガス遠心分離機の原理も、これと同じです。ただし、壁に押しつけるのは、人間ではなく、拡散工場で使うのと同じ六フッ化ウランのガスです。重いウラン238は円筒の外側に集まっていき、軽いウラン235は中心近くに残ります。そして、このウラン235を、分離器の中心を通るパイプを通じて回収します(真空吸引)。実際に1回の分離でできる濃縮は(ウラン235と238の質量の差は1.3%しかないため)わずかです。そのため、原発核兵器に使えるほどの濃度にするには、このガスを何千回も遠心分離機にかけなければなりません。言い換えると、何度も分離機を通して少しづつ濃度を上げて行きます。

 最新の遠心分離機は、効率の高い比較的小型のものがつくられています。しかし、遠心分離機は回転速度がひじょうに速いので(毎分2万回転)、ばらばらにならないように強靭な素材で作らなければなりません。そのために特殊な金属が作られました。その重要な新素材であるマルエージング鋼は、主にウラン遠心分離機やロケットの機体や高性能なゴルフクラブに使われています。アメリカの諜報機関は、どこかの国が、ゴルフ用具を製造する大企業があるわけでもないのに、大量のマルエージング鋼の輸入や生産を始めたりすると、厳重に警戒の目を光らせます。

 ついでに、マルエージング綱についてもう少しご説明します。マルエージング鋼は、超高張力綱とも呼ばれ、航空・宇宙分野の構造材として開発された特殊鋼です。日本ではゴルフクラブヘッドの素材として使われています。炭素の含有量を減らし(0.03 % 以下)代わりにニッケルやコバルト、チタンなどの添加物を30 % 含む特殊鋼です。通常は、焼入れ処理をして使用します。

 強度、靭性に優れている他、構造体に使用される材料として種々の物理特性に優れています(ひずみの発生率が低い、窒化処理が容易である、熱膨張率が少ない。耐低温脆性に優れている)。しかし、高価な合金成分を多く含むために材料単価は高いものになってしまうことが最大の欠点です。

 日立金属などで製造されているマルエージング綱ですが、ウラン濃縮用の遠心分離機やミサイルの部品にも使用されることから各国で輸出規制の対象となっており、日本でも輸出貿易管理令で規制されています。

 ちなみに、2012年8月22日の東亞日報には、以下のような記事が掲載されていました。

 

北朝鮮寧辺(ニョンビョン)の核施設に保有している遠心分離機が、これまで知られていた数の3倍以上にも上るという主張が出た。また、北朝鮮はウラン濃縮で2年で1発ずつの核爆弾製造能力を持つようになったと、元米政府当局者が明らかにした。

スコット・ケンプ教授(米プリンストン大学)は20日、釜山(プサン)で開かれた「2012太平洋沿岸国原子力会議」で、「北朝鮮の遠心分離機は、ジークフリード・ヘッカー教授が10年に見た2000台より多い6700台以上に達する可能性がある」と話した。ケンプ教授は昨年末まで米国のロバート・アインホン対北朝鮮制裁調整官の技術補佐官として情報分析を担当していた。

ケンプ教授は、東亜(トンア)日報のインタビューに応じ、「情報事項なので正確に話すのは難しいが、北朝鮮が注文した特殊鋼板の量から推定した数値が6700台だ」と話した。1分当り2万回以上高速回転する遠心分離機は真空状態を維持し、耐久性を確保するために「マレージング鋼(maraging steel」で胴体を作る。北朝鮮はこの特殊鋼を海外から別の用途に隠ぺいして輸入する。

ケンプ教授は、「北朝鮮がここ2年間寧辺にある遠心分離機だけを稼動していても、1発分に相当する核爆弾製造用高濃縮ウラン(HEU)を手に入れたはずだ」とし、「さらに重要なのは、寧辺の他にもHEU施設があるということだ」と指摘した。また、北朝鮮が保有している「P2」型遠心分離機は、隠ぺい施設に隠された場合、発見するのが難しいため、「寧辺だけに集中してはならない」と強調した。

 

 

 話を戻します。記事にあるとおり、標準的な遠心分離工場には、何千基もの遠心分離機がありますが、全部合わせても映画館くらいのスペースに十分おさまります。その規模の工場でもフル稼働すれば、一年間に核爆弾数発分の濃縮ウランを生産することができます。大規模な工場ではありませんから秘密の遠心分離工場を見つけ出すことは、諜報機関であってもひじょうに困難です。遠心分離工場は大きな電力を必要としませんし、遠心分離機は、高精度に製造されているため、安定性して作動音もあまりしません。そもそも、バランスが悪くてうるさい音がするようでは、高速回転中に装置がばらばらになってしまいます。

 ガス遠心分離機は、核兵器開発の決め手になりました。パキスタンのアブドル カデイルカーン(下の写真、パキスタンの科学者でパキスタン核兵器開発者)は、遠心分離機を使ってウラン濃縮を行いました。そして、この技術は北朝鮮リビアなどの発展途上国に供与されました。

 技術は一度完成してしまうと必ず拡散します。技術というものはそんな性質を持っています。反対に、個人の持つ技能は簡単に伝承できません。高度な技能であればあるほど伝わらないのです。

 

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