takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

シャーロキアンのシャーロックホームズ:第10弾『ライトゲートの大地主』

「事実は小説よりも奇なり」。
イギリスの詩人・バイロンの作中の言葉です。

この言葉の逆パターンとも言うべきでしょうか、私の言葉で恐縮ですが、
「小説は事実の予言なり」。


 こう感じたことは多々あり、小説家たちの想像力―むしろ、予知能力と言うべきでしょう―には、感心を通り越して、驚愕と言わざるを得ません。
 例えば、伊坂幸太郎の仙醍キングスの躍進物語・『あるキング』(09年刊)における天才打者・山田王求の出現は、東北楽天イーグルス優勝時の田中将大の活躍(13年)の予言です。(別に野球ファンではありませんから、無理があると思う方にはごめんなさい)


 このような予言は、作家による社会的なメッセージとも言えます。
 そして、コナン・ドイルもまた、予言により、社会的なメッセージを残します。本書における事件解決の糸口は、筆跡鑑定です。

「『ライゲートの大地主』が発表されてから、一年後、フランスでドレフィス事件がおこっています。ドイツに機密をもらした容疑で、軍法会議にかけられたドレフィス大尉は、メモのあやまった筆跡鑑定から、有罪となり、悪魔島に流刑になりました」。(『シャーロック・ホームズの思い出(上)』の作品解説、偕成社コナン・ドイル著、沢田洋太郎他訳 P306より)
ピンチランナー調書』は35年後、『あるキング』は4年後の予言です。それらに対して、『ライゲートの大地主』は、1年後という驚くべき直前の予言となっています。しかも、前述の2作品は、ほぼほぼ事実が踏襲されますが、『ライゲートの大地主』は、事実への警句となっています。
 

 小説は、シャーロック・ホームズが巧みな裁きで、筆跡鑑定の成功物語となります。一方、「ドレフィス事件」という事実は、「その筆跡鑑定をしたのが、有名な犯罪学者ベルティヨン。ホームズも評価していたベルティヨンですが、筆跡鑑定に熟練していなかったため、別の人物の書いたメモをドレフィス大尉がかいたものと判定する、大きなミスをしてしまいました。そのために、一時期、筆跡鑑定学は大打撃をこうむりました」。(同書 P306より)
 この筆跡鑑定のミスは、ドレフィス大佐にドイツのスパイという嫌疑をかけることとなります。ドレフィス大佐は、ユダヤ系で反ユダヤ主義が存在している社会背景もあった嫌疑です。
 歴史に「もしも、」はありませんが、「もしも、」有名な犯罪学者ベルティヨンに代わって、ホームズが筆跡鑑定をしたならば、ドレフィス事件が起こっていなかったかもしれません。
 もっと言えば、ドレフィス事件により物議をかもした反ユダヤ主義の露呈がなかったでしょう。
 一方、ホームズは小説の世界で、「専門家には興味がありそうな事実を二十三、推定しました」(『シャーロック・ホームズの叡智』の『ライゲートの大地主』コナン・ドイル著、延原謙訳 P105より)と、見事な筆跡鑑定と推理を披露します。この見事さは、一年後に起こるドレフィス事件を警句する予言だったと考えると、コナン・ドイル版「小説は事実の予言なり」と言えるでしょう。

 この作品は、「まだらの紐」や「赤毛連盟」に比べれば有名とは言えません。しかし、当時、ほとんど知られていなかった筆跡鑑定を有名にした効果はあったようです。

日本には「日本法科学技術学会」と言う組織があって、警察で使用する筆跡鑑定の研究を行っています。

日本法科学技術学会

筆跡鑑定は、詳しく書き出すとそれだけで1冊の本が出来上がるほどの内容ですが、今回はそこに触れません。

何時か機会があれば、筆跡鑑定についてご説明します。