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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

プルーストとイカ-3

少し空きましたが、『プルーストとイカ』を終らせます。

ここまで、ディスレクシアの説明ばかりでイカに対する説明はありませんでした。

実を言うと、本の目次の中にも「イカ」と言う言葉は一つしかありません。第Ⅰ部第1章に「プルーストとイカに学ぶ」とあるだけです。では、イカから何を学ぶのか。イカから何かを学ぶより、刺身にして食べた方がより充足感を味わうことができるのにと、思いながら読み進めると、下記のように説明されます。

 

1950年代の科学者たちは、臆病なくせに器用さも備えているイカの長い中枢軸索を研究対象として、ニューロンがどのように発火、つまり興奮して、情報を伝達しあうのか、解明しようとした。なかには、何かがうまくいかなかった場合に、ニューロンがどのように修復、補正するのか調べようとした科学者もいる。現代の認知神経科学者たちは、研究のレベルこそ違え、脳内でさまざまな認知プロセス (つまり心理プロセス)がどのように働くのか調査している。この研究では、獲得したばかりの文化的な発明が、脳の既存の構造物に今までにない機能を要求することを示す、うってつけの例として用いられている。人間の脳が読むために行わなければならないことと、それがうまくいかなかった場合に適応する巧みな方法に関する研究には、初期の神経科学におけるイカの研究と相通じるところがある。

イカに対する説明はほとんどこれだけです。確かに、イカは、身体の大きさに比べて異様に太い背骨のような神経節を持っていますから、そこに電極を繋いで様々な実験が行われていました。上記の説明はそのことを言っています。

この他、イカの子供が上手く泳げない場合の話がほんの少しありますが、何度も何度も出てくるプルーストに比べると扱いはひどく簡単です。まさに

プルーストイカ

これくらい扱い方が異なるのです。アメリカ人は一般的にイカを食べないと思いますから、ウルフ博士が大のイカ好きとは思えません。受け狙いで「イカ」を出場させたとも思えないので、なぜ「イカ」を本の題名に使ったのか不思議です。遺憾ながら、この謎は如何ともしがたく以下、書き進めますが、謎は解明できません。こんなことではいかんと思います。

前回、第9章の結論が一番面白いと書きました。この他、第2章では「読むことの始まり」として、南アフリカのブロンボス洞窟内で発見された網目模様の線刻を施した石の話があります。これは、77,000年前の石ですが、いわゆる「文字」が発明される遙か前から、人間は記録し読むということを行ってきたのだと言うことが分ります。

自分のためなのか、他の人のためなのかそれはハッキリしません。しかし、事象を記録し、それを読み取ることで間接的に事象を認知する、それを口頭で言語化することを繰り返して言語が発達してきたのでしょう。

その後人類は、現在「クレイトークン」とよばれる粘土板に線刻することで記録を残すようになりました。その前は、石に直接彫り込んでいたのですから、粘土になって随分楽になったでしょう。以下、クレイトークンの写真をネットから集めました。一番上のものは、本の中に出ています。

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これらの粘土板は、紀元前8000年から4000年の頃まで使用されていたようです。

私たちの紙なんて、まだ1000年程度です。

上記のような一種の記号を見て、脳は何を読み取っていたのか、とても興味深い話です。また、現在の我々は、文字と記号を区別しています。住所を書くときに使われる「〒」と「郵便番号」は同じ意味ですが、片方は記号であり、片方は文字です。

本の中では、こんな説明が詳細に続けられ読む方はわくわくします。さらに、第Ⅱ部の第6章では「熟達した読み手の脳」と題して、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」から、有名な大審問官の部分を引き、最も難解な部分の解釈を試みています。文藝評論家の批評と全く異なる説明に驚きながら、楽しく読めることでしょう。

 

と、言う訳で、昨年読んだベスト1位は、『プルーストとイカ』です。

2008年10月15日に第1刷

2014年2月5日に第7刷(私が持っている本)

これを見る限りそれなりに読まれているのだと思います。「読む」という行為に関する全く新しい説明でもあると思います。興味のあるかたにはお勧めします。