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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

人類=ホミニン=Hominins-5

 2日も空けてしまいました。

 また、人類の夜明けを見ていきましょう。今回は、人類アフリカ起源説を決定づけたアウストラロピテクス・アフリカヌスです。

 レイモンド アーサー ダート(1893年2月4日~1988年11月22日)は、オーストラリア出身の人類学者です。世界ではじめてアウストラロピテクスアウストラロピテクス・アフリカヌス)の化石を発見した事で有名になりました。

 オーストラリア出身の解剖学者レイモンド ダートは、1924年(大正13年)石灰採掘者が見つけた2、3の骨断片と頭蓋をダートの同僚が持ち帰ったものを見ました。場所は、南アフリカ共和国キンバリー近郊の町タウン (Taung) です。その頭蓋骨はヒト上科のものと似ていたのですが、一方で人間と似た特徴も有していました。例えば、眼球の位置や、歯の並びです。加えて最も重要なのはその頭蓋骨には人類と同じような姿勢であったことを示す位置に脊柱とつながる穴(大後頭孔)があったことでした。要するに、背骨に繋がる部分にある大きな孔です。言い換えると、直立歩行をしていたことを伺わせる骨だったのです。レイモンド ダートは、その標本にアウストラロピテクス・アフリカヌス(アフリカ南部の猿人或いは、単に南のサル)と名付けます。ダートは、この化石が類人猿と人間の中間種であると主張します。

 しかし、当時の学会では「先ず頭部が発達して大きくなり、その重さを支えるために直立二本足になった」という考えが主流でしたから、脳の容積がチンパンジーとそれほど替わらず、二本足で直立歩行したというダートの主張はなかなか認められませんでした。

 また、当時は人類の祖先は「ピルトダウン人」だと言う説が広く受け入れられており半ば学会の常識でした。そこへ、医者であり解剖学者のレイモン ダートが、アウストラロピテクス・アフリカヌスを持ってきても簡単には受け入れられない状態だったのです。
 そのため、ダートの同僚で解剖学者だった、アーサー キースも、その骨は初期のゴリラのものだと主張しダートを苦しめました。

 と言いつつも真実は徐々に明かされます。1938年には、G.W.バーロウがダートが発見した物と同じような骨(頭蓋)を見つけ、やはりサルやゴリラよりも人間に近い特徴があることがハッキリしてきました。当時の古人類学者で世界的権威だったロバート ブルームは積極的にレイモンド ダートの説を支持します。

 さらに、長年に渡り人類の祖先と言われたピルトダウン人の骨がねつ造であることが分り(ピルトダウン人は、脳の容積が大きい)、ダートのアウストラロピテクス・アフリカヌスが、人類の祖先であることが広く認められるようになったのです。

 明日に続きますが、明日は近代科学史上最大のいかさま事件と言われる「ピルトダウン人」のお話しです。