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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

生きているもの(生物)-8

 今回は、言語習得の臨界期に関するお話です。

 この主張は、間違いだと反論する人もいるようですが、それはごく少数です。大方の学者は「臨界期を過ぎると言語の習得はできない」と言う説に賛成です。私も、自分で調べた訳ではないのですが、本、論文などを読む限り臨界説の方が正しいと思います。

 例えば、ジョン M スミスは米国にはこんな例がありますと紹介しています。

 悲しい例だが、文献がよく揃っているものとして、ジェニーの場合がある。父親は長年の間この少女を鍵をかけて閉じ込めていた。後に彼女は話すことを教えられたが、ブロークンであまり文法的でない英語のレベル以上には、ついに達しなかった。だから言語の入力が絶対不可欠ではあるようだ。しかし正常な発達のために入力が必要であることは、かなりの程度の生得性があるということに対する妥当な反対論にはならない。

 ここで、上記のジェニーのことを少し説明します(日本ではあまり知られていませんが、米国では有名な事件です)。ジェニーは1957年4月、カリフォルニア州の家庭に4番目の子どもとして生まれました。ただし上の3人の子どものうち2人は虐待が原因の肺炎や血液型不適合ですでに死亡していたため、ジーニーの兄弟は兄が1人いるだけだったようです。生後1歳2ヶ月頃、医師に「正確には分からないが、発達が遅れているかもしれない」と診断され、それを過剰に意識した父親クラークはやがてジェニーを部屋に監禁するようになりました。
 ジェニーは、暗い裸電球一つの寝室の中で便器付きの幼児椅子にしばりつけられ、体のほとんどの部分を父親自らが作った締め具により拘束された状態で裸のまま放置されていました。夜は寝袋の中に入れられることもあったようです。また、この父親は音に敏感だったため、ジェニーが少しでも音や声をたてると彼女を殴りました。食事はベビーフードとオートミール、たまに卵が与えられました。
 母親アイリーンは目が悪く、父親に対して逆らうことができず、他の誰かに相談するために電話をかけることも満足にできませんでした。ジェニーへの虐待は長期間続き、父親は母親に対して「ジーニーが12歳まで生き延びたら、彼女を助けてやる」と約束していたのですが、実際には彼女が12歳になっても約束は守られませんでした。1970年、ジェニーが13歳半になったころ、母親は父親との激しい口論の末、ジェニーを連れて家を出ました。その後、事件は発覚し両親は児童虐待の罪で告訴されましたが、父親は出廷を命じられた11月20日に拳銃で自殺したのです。

 彼女は、現在も障害者施設で生活していますが、言語の習得はできませんでした。ただし、それが生まれつきの障害のせいなのか、言語による刺激がなかったからなのか厳密には分っていません。詳しく知りたい方は『ことばを知らなかった少女ジーニー―精神言語学研究の記録』:スーザン カーチス著・久保田 競翻訳ー築地書館 (1992/01)をお読み下さい。正直、途中で本を閉じたくなるような話です。

 余談ですが、私は、小動物、あるいは小さな子供を虐待するという神経を全く理解できません。自分で容赦なく殺害できるのは、私を刺しに来た「蚊」ぐらいです。家の中に「蜘蛛」がいても芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を思い出して、「万一地獄へ落ちたときはこれで助かるかもしれない」などと考え、外に逃がします(?)。ただ、虐待もこれだけ多くの事例があると言うことは、何か明確な理由(種の保存の法則に逆らう訳ですから)があるのでしょう。もっと、研究が進めば良いと思っています。

 話を戻します、言語を習得するための器官を人間は持っています。しかし、それは、生まれてからある一定の期限まで言語の刺激を受け続けないと発達しません。ただし、それは必ずしも音によるものでなくても良いのです。例えばろう者は、視覚で言語を習得します。日本人のろう者であれば、第一言語は「日本手話」です。言ってみれば日本語は第二言語なのです。

 続きます。