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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

少し功利的に寄り道-2

科学技術 書評

 自慢ではありませんが、このブログは1日700~900件程度のアクセスを誇る弱小ブログです。他の方から引用されることは滅多にありません。しかし、今回は2日続けて紹介していただきました。今度は名古屋のブロガー、やまあきさんがそのブログ「


功利主義に自己犠牲、スレッガー中尉と次元大介。 - Fuzzy Logic

」の中で功利主義に対して言及して下さいました。本来の対象は、昨日紹介したfktackさんの「功利主義は自殺を肯定するか」ですが、議論が深まる可能性もありますので、私ももう少し言及します。

 

 実は、本来功利主義と自己犠牲は関係ありません。これは、功利主義が生まれた頃から言われていることで、功利主義にとって自己犠牲は「どっちでもよい」問題なんです。功利主義を育てた哲学者の1人、J.S.ミルはこう言っています。

功利主義の道徳は、人間が自分自身の最大の善を他の人々の善のために犠牲にする能力があることを認識している。功利主義の道徳は、犠牲がそれ自体として善であるということを認めないだけである。すなわち、幸福の総量を増加させないか、または増加させる傾向を持たない犠牲は、無駄だと考えるのである。

  要するに、大事なことは全体の幸福度を増大させることであって、そこに自己犠牲があるかどうかは問題ではないのです。功利主義は、帰結主義の一つです。結果が大事なので、動機や行為は二の次です。何となく認めながらも、多くの人が功利主義に全面的に賛成できないのは帰結主義的な考えにあると思っています。やはり、結果だけで評価されるのは嫌だと思う人が多いのでしょう。(厳密に言うと違います、功利主義者にも様々な意見があるからです。)

 倫理、あるいは道徳の問題を考える時、自己犠牲の問題を避けて通ることはできません。現在の私は、広い意味の倫理や道徳ではなく「技術者倫理」について語るつもりで、「倫理問題を考えよう」を続けています。また、この問題は技術士口頭試験でも時々質問されますから、受験者の方は考えておいた方が良いと思うからです。

 これは、以前にも書きましたが、技術者倫理とは、安全で安心して使える製品・サービスを作るあるいは提供することにあります。要するに、社会や公衆に取って利益となる(金銭面だけではありません、楽しさ、充実さ、面白さを含みます)製品やサービスを提供することです。聖人君子たるエンジニアを目指すのではありません。ただ、そのために、「会社の売り上げや利益ばかりに目を向けてはいけませんよ」、と言うことです。

 私は、哲学者でも倫理学者でもありませんから、本格的に道徳論を展開するのは無理です。その知識も教養もありません。しかし、「技術者倫理」に言及する中でもう少し枠を広げて、深く掘り下げてブログの中書いていくと思います。

 次は、トリアージ問題に入ります。