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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

倫理問題を考えよう:トロッコ問題

 有名な『これから「正義」の話をしよう』:マイケル サンデル著・鬼澤忍訳・早川書房の33ページに取り上げられている倫理問題です。不勉強な私は、2010年6月27日にこの本を読むまでこの問題を知りませんでした。恥ずかしい限りです。

 トロッコ問題とは、「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」というこれも倫理学の思考実験です。英国の倫理学者・哲学者のフィリッパ フットが提起し、ピーター アンガーなどが考察を行って有名になったそうです。しかし、前述した通り、私はサンデル教授が取り上げるまで知りませんでした。
 人間がどのように道徳的ジレンマを解決するかの手がかりとなると考えられており、現在でも、道徳心理学、神経倫理学では重要な論題として扱われています。

 以下、少し長いのですがサンデル教授の本から引用しましょう(一部略します)。

 

 あなたは路面電車の運転士で、時速60マイル(約96キロメートル)で疾走している。前方を見ると、5人の作業員が工具を手に線路上に立っている。電車を止めようとするのだが、できない。ブレーキがきかないのだ。頭が真白になる。5人の作業員をはねれば、全員が死ぬとわかっているからだ(はっきりそうわかっているものとする)。

 ふと、右側へとそれる待避線が目に入る。そこにも作業員がいる。だが、1人だけだ。路面電車を待避線に向ければ、1人の作業員は死ぬが、5人は助けられることに気づく。どうすべきだろうか?ほとんどの人はこう言うだろう。「待避線に入れ!何の罪もない 一人の人を殺すのは悲劇だが、5人を殺すよりはましだ」。5人の命を救うために一人を犠牲にするのは、正しい行為のように思える。

 さて、もう一つ別の物語を考えてみよう。今度は、あなたは運転手ではなく傍観者で、線路を見降ろす橋の上に立っている(今回は待避線はない)。線路上を路面電車が走ってくる。前方には作業員が5人いる。ここでも、ブレーキはきかない。路面電車はまさに5人をはねる寸前だ。大惨事を防ぐ手立ては見つからないーそのとき、隣にとても太った男がいるのに気がつく。あなたはその男を橋から突き落とし、疾走してくる路面電車の行く手を阻むことができる。その男は死ぬだろう。だが、5人の作業員は助かる(あなたは自分で跳び降りることも考えるが、小柄すぎて電車を止められないことがわかっている)。

 その大った男を線路上に突き落とすのは正しい行為だろうか?ほとんどの人はこう言うだろう。「もちろん正しくない。その男を突き落とすのは完全な間違いだ」誰かを橋から突き落として確実な死に至らしめるのは、5人の命を救うためであっても、実に恐ろしい行為のように思える。しかし、だとすればある道徳的な難題が持ち上がることになる。最初の事例では正しいと見えた原理(5人を救うために一人を犠牲にする)が2つ目の事例では間違っているように見えるのはなぜだろうか?

 

 実際に5,000人からアンケートを取った結果、最初の経路を切替えて1人を殺す方は、89%が仕方が無いと答えているそうです。逆に、2番目の大男を突き落とす方は90%が間違いであると答えたそうです。同じ1人を殺すことになるのですが、その違いは何でしょうか?

 確かに、橋の上にいる人は全くの無関係な人間です、その人の命をこれもまた無関係な私が横からしゃしゃり出て奪うことが問題なのでしょうか?でも、線路上で作業している人もある程度は同じことです。無理して言えば、線路の保安工事をするなら、電車が来る可能性は常に頭に入れて安全を確保することが作業者の義務だということでしょう。それに比べれば、橋の上の大男は、全く関係のない人物です。自分達で確認すべき安全確保を怠ったから電車に轢かれるのは、仕方がない。でも、それなら最初の問題でも5人もいて誰も気づかないのはおかしいだろう。と、言うことになりませんか?

 明日に続きます。