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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

森鴎外も読もう-かのように

美術・文学等など

「かのように」は、明治44年(1912年)1月に雑誌中央公論へ掲載されました。当時の鴎外は、まだ本格的に歴史小説を書き始めていませんでした。「かのように」は、ちくま文庫の全集なら第3巻、新潮文庫なら「阿部一族舞姫」の中に収録されています。文庫本で30数ページ、普通に読めば1時間は掛かりません。
「かのように」とは、何だか変な題名の小説ですが実に簡単です。~である「かのように」考えなければならないと言うことを鴎外自身が悩んで書いた小説です。
 例えば、少し前に「人を殺すこと」の善悪を問う記事がHATENAの中で何度かアップされましたが、こんな時に人の命は大切なものである「かのように」考えないと社会は成立しない。と、言った使い方です。ただし、鴎外が問題にしたのは殺人のことではありません。日本の神話と皇室の正当性をどう考えるのかと言う問題です。もう一度例えるなら古事記のような神話も歴史として正しいものである「かのように」考えないと、皇室の正当性はなくなってしまう。と言う考えです。もちろん、鴎外はこの時点で、そう考えていた訳ではありません。

あらすじ
 五条秀麿は、貴族の生まれです。いずれ父の後を継いで子爵となることは決まっています。学習院から文科大学に入り、歴史科を立派な成績で卒業したのですが、勉強しすぎて神経衰弱寸前になっていました。それを、父親が心配してヨーロッパに留学をさせました。秀麿は、ベルリンで勉強して徐々に健康を取り戻します。また、彼はドイツの神学者が国王の政治相談役として活躍しているのを見て、驚き感動してそれを手紙で報告しています。
 その報告を受けて秀麿の父はこう考えます。宗教を信ずるには神学はいらない。ドイツでも、神学を修めるのは、牧師になるためであり、宗教界に籍を置かないものには神学は不用なように見えます。しかし、西欧で学問をする人には、それが有用になってきます。 秀麿の手紙を読み、自ら学問と宗教の関係について考えた秀麿の父は、自分の宗教観の問題にも気がつきます。また、秀麿は、教育は信仰を破壊するものと考えているのかと疑います。もちろん、今の教育を受けて、神話と歴史を一つにして考えていることはできません。世界がどうしてできて、どうして発展したか、人類がどうしてできて、どうして発展したかということを、神話を読んで「なるほど」と思う人はいないからです。
 しかし、その考えを進めて行くとその向こうには恐ろしく空虚でなにもない価値の存在しないところへ、行ってしまうのではないかと心配している訳です。
 短い小説の後半で、秀麿は友人の綾小路(きみまろではありません)にこう言います。

「僕は人間の前途に光明を見て進んで行く。祖先の霊があるかのように背後うしろを顧みて、祖先崇拝をして、義務があるかのように、徳義の道を踏んで、前途に光明を見て進んで行く。そうして見れば、僕は事実上極蒙昧(ごくもうまい)な、極従順な、山の中の百姓と、なんの択えらぶ所もない。只頭がぼんやりしていないだけだ。極頑固な、極篤実な、敬神家や道学先生と、なんの択ぶところもない。只頭がごつごつしていないだけだ。ねえ、君、この位安全な、危険でない思想はないじゃないか。神が事実でない。義務が事実でない。これはどうしても今日になって認めずにはいられないが、それを認めたのを手柄にして、神を涜(け)がす。義務を蹂躙する。そこに危険は始て生じる。」

 すると綾小路はこう言います。


「人に君のような考になれと云ったって、誰がなるものか。百姓はシの字を書いた三角の物を額へ当てて、先祖の幽霊が盆にのこのこ歩いて来ると思っている。道学先生は義務の発電所のようなものが、天の上かどこかにあって、自分の教った師匠がその電気を取り続ついで、自分に掛けてくれて、そのお蔭かげで自分が生涯ぴりぴりと動いているように思っている。みんな手応てごたえのあるものを向うに見ているから、崇拝も出来れば、遵奉も出来るのだ。人に僕のかいた裸体画を一枚遣って、女房を持たずにいろ、けしからん所へ往いかずにいろ、これを生きた女であるかのように思えと云ったって、聴くものか。君のかのようにはそれだ。」

 

 鴎外は大逆事件を目の当たりに見て心配した山県有朋から危険思想対策を求められ、それに応じて書いたのが、この「かのやうに」だったらしいのですが、真偽は分かりません。鴎外は、当面の折衷作として「かのように」と考え主人公の秀麿に語らせたのですが、それを秀麿の友人である綾小路に否定させています。さらにこの後、わずか2年弱で、明治天皇崩御乃木希典の殉死を見て「かのように」は、間違っていると知ることになります。
 この小説は、鴎外の考え方を理解する上でとても重要な小説です。青空文庫ですぐに読めますから、ぜひお読みになって下さい。