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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

失われた時は見つかったのか・マルセル プルースト

 マルセル プルースト(1871年7月10日~1922年11月18日・51歳で亡くなっています)の本当の名前は、ヴァランタン=ルイ=ジョルジュ=ウジェーヌ=マルセル プルーストです。日本の「寿限無」には負けますが何とも長い名前ですね。ご本人のサインは、何時もマルセル プルーストだけだったようです。

 

 父アドリヤン プルーストは公衆衛生を専門とする医学博士でした。また、防疫線」という理論に基づいてヨーロッパ大陸へのペスト侵入を防ぐなど華々しい功績を持ち、医学アカデミー会員、ソルボンヌ大学教授を務めるなど世界的な名声を得た人物でもありました。さらに、母ジャンヌ プルーストは裕福なユダヤ人の株式仲買人の娘でした。当然、マルセルは、金の苦労を知らずに育ちます。パリ大学にて法律、哲学を学んだ後は、ほとんど職に就かず華やかな社交生活を送り、幾つかの習作を経て30代から死の直前まで大作『失われた時を求めて』を書き続けました。

 

 文学上は、偉大な作品を残したプルーストですが、私生活でははっきり言って変人です。例えば、プルーストは非常に繊細で過敏な神経の持ち主でした。オスマン通り102番地のアパルトマンの部屋では喘息の発作を恐れ常に窓を閉ざし、厚いカーテンを閉めたままにして外気も光も遮断していました。さらに、部屋の壁をコルク張りにして音も入らないようにした上で昼夜逆転した生活を送りながら執筆を進めていました。加えて、医者嫌いでもあったプルーストは医師の処方には見向きもせず、自室でルグラ粉末(青果の輸出の際に用いられる殺菌・防黴用薬)に火をつけて燻蒸を行なうことでその治療とし、またヴェルナール(血管の内側の細胞を保護し、血液の流れをよくする作用があります)とカフェイン(興奮剤です)の錠剤を常用していました。死の原因も喘息の大きな発作のあと、風邪を引いたことによって併発した肺炎であり、最後まで入院を拒んで自宅で死ぬことを選んでいたようです。

 

 また、病的な寒がりでも有名です。プルーストは夏でも常に厚着をして、あるときは海に行くためと称してコートを二着作らせたこともあるそうです。第一次大戦後にホテル・リッツで晩餐会をともにしたイギリス大使のダービー卿は、プルーストが夕食中も毛皮のコートを脱がないままだったことに驚いたと記しています。

 

 最初に変人とは書きましたが、重度の喘息持ちゆえに職業に就かなかった(就けなかった?)可能性はあります、もちろん、親が金持ちでしたから病気の身体を押して無理に働く必要もなかった訳です。

 

 プルーストは学生時代からサロンに出入りし、公爵や公爵夫人、当時の流行画家(印象派とその後の画家達)や作家、俳優など様々な著名人と知り合っていました。社交界は『失われた時を求めて』の主要な舞台背景の一つであり、プルーストがこれらの場で得た見聞は同作品に大いに生かされることになります。この作品の登場人物もサロンで知り合った人物をモデルにしたものが多く存在します。とは言え、平民の出であったプルーストがこうした社交界に出入りできるようになるのは容易なことでありません。しかし、彼には物まねの才能があり、著名人の声や話し方を真似てみせることによって評判を取り、太鼓持ちのような形で受け入れられていったのです。あるときプルーストは、たまたま社交の場で真面目な意見を披露し場を白けさせてしまいました。それ以来社交界において自分が求められているものが何であるかを悟ったということです。

 

 もう一つ、プルーストは同性愛者です。女性と付き合った記録が見つかりませんから男性だけが恋愛対象だったのでしょう。なにしろ、亡くなる5年前には、知人が始めた男娼窟ホテル マリニーの開業に対して資金援助までしています。当然、プルーストはこのホテルに頻繁に通い、若い青年を相手に自分の欲望を満たしていたようです。ただし、これもほとんど記録はありません。もっとも、若い頃一度だけ従姉妹の女性と結婚しようと思ったこともあったようです。ですがなんと、それは、女性との肉体関係を伴わない結婚というものでした。家政婦のつもりだったのでしょうか?その当りもあまり詳しく分かりません。日記を書く習慣は無かったようです。

 

 

例によって、プルーストの名言と言われている言葉を載せます。

ユゴーやロランとは、明らかに趣きが異なります。

 

本当の発見の旅とは、新しい風景を探すことではなく、新しい物の見方を得ることだ。

幸福というものは、身体のためによいものである。しかし、精神の力を向上させるのは、幸福ではなく悲しみである。

英知は受け売りでは身に付くものではない。自分自身で発見するものなのである。

人は苦悩することによってのみ、苦悩を忘れることが出来る。

私たちの知っている偉大なものは、すべて神経質の人から来たものです。