takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

福島原発事故-11

 水素爆発は、コンクリートでできている原子炉建屋を吹き飛ばすほどの威力があります。では、爆発した1,3,4号機にはどれくらいの水素があったのでしょうか。

 

 水素の物理的性質として、爆発できる空気との混合比率は、下限は4.10 %、上限は74.2 %もあります。これはアセチレンに次ぐ広い爆発限界の範囲です。薄くても、濃くても爆発する訳ですからとても危険です。とは言え、あまり薄くて少ない量ではコンクリートの建屋を吹き飛ばすことはできません。少なめに見ても空気との混合比は18~20%程度は必要です。

 

 1号機では、体積の大きな5階が吹き飛びました。東京電力が2012年3月に公表したMAAP解析およびJNESが同年9月に公表したMELCOR解析によると、ともに900kg近くの水素が発生していたという解析結果が出ています。したがって炉心損傷により、量的に十分な水素が発生した可能性が高いようです(前回も書きましたが、他の水素元ではこれほどの量にはなり得ません)。

 

 3号機では、東電のMAAP解析では600kg超の水素が発生、JNESのMELCOR解析では14日11時01分の水素爆発までに550~ 700kgの水素が発生したという解析結果が出ています。ベントによる大気放出分を考慮しても、炉心損傷によるジルコニウムー水反応により爆発に足りる水素が発生した可能性は十分認められます。

 

 4号機は、空間体積の小さい4階部分(5階部分の約1/5)で爆発が起こったと考えられていますから、爆発を起こす最小水素量は74.2kgと見積もられており、3号機からの流入と考えても矛盾はありません。また、1,3号機に比べると爆発規模も小さいものです。

 

 さて、2号機はなぜ爆発しなかったのでしょうか。答えは簡単です。2号機では、12日に隣の1号機原子炉建屋が爆発した際に2号機建屋のブローアウトパネル(換気窓)が脱落しました。いわば窓が開いた状態となって、水素が充満することがなかったのです。そのため、“ケガの功名"で爆発は起こりませんでした。

 

 このブローアウトパネルについては、中越沖地震の際の柏崎刈羽原発での“反省"が裏目に出たとの話をよく聞きます。すなわち、柏崎刈羽原発では地震の揺れでブローアウトパネルが脱落し、それが問題視されたのです。その後、その対策として、福島第一原発でもプローアウトパネルを何らかの方法で固定強化するという対策が取られたという話があるのですが、証言があるだけで記録はありません。政府事故調中間報告書の中にもそのような証言の記述があります。

 

 もし、全てのブローアウトパネルが、溶接され建物と強固に繋がれていたら2号機も爆発していたでしょう。しかし、繋がりが弱かったため1号機の爆発で2号機のブローアウトパネルは外れてしまいました。

 

 なお1号機の爆発後、3号機でもほぼ確実に水素爆発が起こることが予想されたため、何とか建屋に穴を開けようと種々検討が行われました。結論としてウォータージェットによる穴開けを目指すことになったのですが、結局、間に合わないまま3月14日を迎えてしまったのです。