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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

アトミック パワー・解き放たれた力-8

 少し間が開いてしまいましたが続けます。放射性物質に秘められた巨大なパワーは、その秘密が徐々に解き明かされ人工的に開放されました。マンハッタン計画では、1945年7月16日にニューメキシコ州のアラモゴード軍事基地近郊の砂漠で人類最初の原爆実験(トリニティ実験)が実行され、プルトニウム型爆弾は完成します。この原子爆弾のコードネームはガジェットと呼ばれました。この実験の前日から、科学部門の責任者オッペンハイマーは、極度の緊張で食事も喉を通らない状態だったと言います。

 この実験には、「トリニティ」と言う実験名が付けられました (Trinity:キリスト教における三位一体説) 。この名称の正確な由来は不明ですが、オッペンハイマーがジョン ダンの詩から引用したものとしばしば言われています。実験の17年後、陸軍側のプロジェクトリーダーだったレズリー グローヴスは、オッペンハイマーに宛た手紙で、実験の名前の由来について尋ねています。『「トリニティ」という名前はアメリカ西部の川や山の名前としてよくあるものだったため、実験が世間の注意を引かないようにこの名前を選んだのではないか?』しかし、これに対してオッペンハイマーは次のように答えています。『確かに私が「トリニティ」という名前を提案しましたが、その由来はそのような理由によるものではありません…何故私がこの名前を選んだのかは定かではありませんが、自分が当時何を念頭に置いていたかについては覚えています。私がよく知っていて愛しているジョン・ダンの一篇の詩があります。これは彼が死の直前に書いたものです』。

 オッペンハイマーの考えや行動については、様々な人達が言及しています、それらを総合すると科学一辺倒の学者ではなかったことが分かります。また、共産党嫌いのアメリカにあって共産党系の集会に参加したり、さらに、妻のキティ、実弟のフランク、フランクの妻のジャッキー、およびオッペンハイマーの大学時代の恋人ジーン(1944年に自殺)は、アメリカ共産党員でした。そのため、オッペンハイマーは、1954年4月12日、原子力委員会から機密安全保持疑惑により休職処分(事実上の公職追放)を受けました。もちろん、これには、ジョセフ・マッカーシーが強行した赤狩りも影響しています。

 

  話は少しそれますが、ここで若い方のために、赤狩りについて簡単に説明します。マッカーシズム、所謂「赤狩り」とは、第二次世界大戦後の冷戦初期、1948年頃より1950年代前半にかけて行われたアメリカにおける共産党員、および共産党シンパと見られる人々の排除の動きを指します。名前の由来は、率先して「赤狩り」を進めた共和党右派のジョセフ マッカーシー上院議員の名を取って名づけられました。後のニクソン大統領やレーガン大統領は赤狩りの熱心な協力者です。また、新自由主義の経済学者であるミルトン フリードマンも熱烈な支持者だったと言って良いでしょう。

 赤狩りは、軍人・政治家・政府関係者のみならず、文化人、作家、ジャーナリスト、映画芸能関係者、日本人を含む外国人にまで及び、西側諸国全体に影響を与えました。なにしろ、あの喜劇王チャールズ チャップリンまで追放されています。しかし、マッカーシーのやり方が強引過ぎ、かつ違法な行為も含んだため次第に国民から批判されるようになりました。1954年頃には、テレビの特別番組でマッカーシーを批判する番組が始まっています。同年、12月には赤狩りは終焉しました。