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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

アトミック パワー・その黎明期-5

 原子の力(アトミック パワー)は、19世紀末にその不思議な現象が確認され、20世紀初頭の物理・化学学会はその解明と応用にわき上がりました。しかし、1945年8月6日に広島、9日に長崎と原子爆弾が投下されその破壊力を見たときから人々の反応は少しづつ変化しました。日本に投下された核爆弾による両市の死亡者はおよそ23万人、数で言えば東京大空襲やドイツドレスデンの空襲と大きく異なるものではありません。しかし、爆弾の数が違います、東京大空襲では合計で40万発の高性能焼夷弾が投下され10万人以上が亡くなっています。ですが、広島と長崎には、それぞれ1発づつに過ぎません。加えて、当時の技術では不発弾に近いような爆発しか起こせなかったにも拘わらずあの破壊力です。現在の技術で同じ量のウラン235型(広島に投下されたリトルボーイ)やプルトニウム239型(長崎に投下されたファットマン)の爆弾を製造した場合、あの時の500倍程度の破壊力になると計算されていますし、核実験でも証明されています。

 人類初の核実験は、1945年に米国で行われたトリニティ実験です。ほぼ間違いなく爆発するウラン235型の爆弾と異なり、爆縮と言う特殊高度技術が必要なプルトニウム239型の爆弾には実験が必要でした。日本に投下した原子爆弾もある意味実験の一つです、ひどい話ですが戦争とはそういうものです。ですから、戦争になるような状態は極力避けなければなりません。狂気が起こす破壊は何も生みません、悲しみが増すだけです。

 話を戻します。1945年8月に人類に向けて行われた核攻撃の後にも、アメリカ、ソ連(当時)、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタンそして恐らくイスラエル北朝鮮が合計2,379回にも及ぶ核実験を行っています。また、これらの国が持つ核爆弾は合計20,000発にもなります。そのほとんどは核分裂型の爆弾ですが、中には核融合型の水素爆弾とよばれるものもあります。

 2,379回の核実験の内、1945年~1963年までは主に地上で行われました(計502回)。1963年には、核実験を地下に限定し大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約(通称部分的核実験禁止条約:PTBT) が締結され、同年中に発効しています。この条約には100ヶ国以上が調印しており、アメリカ合衆国及びソ連も批准しているのですが、フランスや中華人民共和国は署名していません。それでも、後には大気圏内核実験を取りやめています。

 現在は、地下核実験も禁止対象とする包括的核実験禁止条約 (CTBT) が提案され、1996年より署名が開始されました。しかし、この条約は、発効の条件とされた核保有国を含む44カ国、全てにおける批准が実現されておらず現在の時点では有効な条約にはなっていません。外務省ホームページによると、アメリカ合衆国イスラエル、イラン、エジプト、中華人民共和国が署名のみで批准せずです。また、朝鮮民主主義人民共和国、インド、パキスタンの3か国は署名もしていません。

 

今回は、物騒な話になりましたが明日もう一度、核爆弾の話が続きます。