takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

29年前の今日、インドのボパールで史上最悪の産業事故が発生した

1984年の12月2日の夜中に、インド、ボパールの化学工場から猛毒のMIC(後で解説しています-匠)が漏洩した。漏洩した毒性のMICガスは風に乗って市街地に拡がり、3,000人以上(最大14,410人)の死者と35万人もの被災者を出した。被災した多くの人が長期間後遺症に苦しんだ。漏洩の第一原因は、運転ミスにより製造時の溶媒であるクロロホルムの多い不合格品を留出したことである。工事の手違いにより、貯蔵タンクに水を混入させて、MICと水との発熱反応によるタンク内温度の上昇、MICに混入したクロロホルムの水存在下での熱分解による塩化水素の生成と鉄の溶出、さらに鉄触媒によるMICのトリマー化反応によりタンク内圧力と温度が上昇し、安全弁を作動させたことが直接の原因。

3種類の安全装置を保有していたが、どれも停止中で何の役に立たもなかった、これは管理上の問題である。さらにその裏には、最終製品のライフがなくなり、装置が赤字であったため、親会社を含めて、一切の安全投資、安全教育・訓練などを放棄していた、リスクマネージメント不在の杜撰な経営があった。

経過

1984年10月18日~22日

製造装置の蒸留塔で高温の運転が行われた。そのため、留出のMIC中に含まれる製造時の溶媒のクロロホルムは規定をはるかに超えていた。

23日

製造装置は運転を停止した。規格外れの留出品が貯蔵タンクに入っていた。

12月2日

貯蔵タンクのベント系配管の洗浄作業が行われた。この時仕切り板を入れて水洗すべきを仕切り板を入れなかった。

この後に貯蔵タンクに水が混入したと思われる。

23:00 貯蔵タンクの圧力が上昇した。

23:30 MICガスの漏洩を感知した。

3日00:45 MICの流出量が増加し、タンク付近にMICガスが充満した。

02:30 プラントマネージャーが工場に到着し、警察に連絡した。

03:30 MICガスが工場外へ拡散を始めた。

原因

作業上のミスにより、MIC貯蔵タンクに水が入り込み、MICと水との発熱反応を起こし、溶解した製造時の溶媒のクロロホルムが水の存在下で熱分解して塩素イオンを生成して、ステンレスタンクを腐食し鉄を溶出させ、その鉄の触媒作用でMICのトリマー化反応(発熱)を起こして、タンク内温度と圧力を上昇させた。その結果タンクの安全弁が作動して、毒性のMICガスがタンク外へ放散した。蒸留温度が高い運転で生産された規格外留出品中のクロロホルムが、水の存在下で熱により分解して塩化水素を発生させ、それがステンレスから鉄を溶出させる原因になったといわれている。

対処

漏洩検知時にシフト責任者に報告されたが、何の行動も取られていない。タンク付近にMICガスが貯まった後で放水をしたが届かなかった。プラントマネージャーが工場に到着して初めて警察に連絡した。殆ど有効な応急措置は取られていない。

対策

工場は閉鎖されたため、具体的な対策は取られていない。一般論で言えば、毒性のMICの危険性に対し十分な調査・検討を行い、設備と運転に対して十分な安全対策を取ること、従業員への安全教育・訓練を徹底すること、周辺住民と行政当局と十分な連絡・広報を行い事故発生に備えることが、最重要の対策であろう。

知識化

1.どんなに経営状況が悪くとも、最低限の安全対策や安全教育を怠れば事故が起こる。安全は企業存続の最低条件である。

2.化学薬品は毒性の強いものがある。毒性物質による被害は、サリンの例を引くまでもなく、非常に大きい。安全確保は企業幹部の重要な責務である。

3.子会社の引き起こした重要災害は子会社だけではなく、親会社も責任を取らされる。親会社は安全面でも子会社を指導する責任がある。

 

//// ここまでは、失敗知識データベースから省略して引用しています。

 

先ずは、猛毒物質MICから説明します。

イソシアン酸メチルの化学式 C2H3NO です。

最も単純な構造のイソシアネートであり、各原子は H3C−N=C=O のようにつながっています。呼び方が色々あり、イソシアナトメタン、メチルカルビルアミン、 MIC とも呼ばれています。イソシアン酸のメチルエステルとして1888年に発見されました。

加えて、イソシアネート とは −N=C=O という部分構造を持つ化合物のことであり、イソシアナート、イソシアン酸エステルなどとも呼ぶことがあります。非常に反応性が高いため、湿気を避けて冷蔵保存します。用途としては、ポリウレタンの材料になるため工業的にも重要な化合物です。

上記の化学的特性だけなら良いのですが、毒性が非常に高く、0.4 ppm(100万分の0.4) 程度でも吸引、経口摂取、または接触した場合、咳、胸部疾患、呼吸困難、喘息などの症状があらわれ、あるいは眼、鼻、喉、皮膚に損傷を受けるます。21 ppm程度(100万分の21)の濃度にさらされた場合、数時間後に肺水腫、肺気腫、肺出血、気管支炎などが起こる可能性があり、死に至る場合もあります。しかも、イソシアン酸メチルのにおいが感じられるのは許容濃度の3倍以上からです。つまり、においを、感じる濃度の場合は、死に至る訳です。上記、イソシアン酸メチルの名前の所にあるリンクは、国立医薬品食品衛生研究所の国際化学物質安全性カードに繋がっています。やたらと漢字が多い名前ですが、国の機関は大抵そうです。気にしないでご覧になって下さい、危険物質のデータがたくさん有ります。

3つの安全装置を付けながらどれも停止していた、なんてあまりにも酷くて誰かが故意にやったのではないかと思えなくもありません。しかし、この史上最悪の産業事故は詳細に調査・捜査され故意に行われた犯罪ではないことは分っています。

その3段構えの安全装置ですが、MICは沸点が低く、蒸発を避けるためには0℃以下に維持することになっていました。ですが、そのために設置された1段目の安全装置である冷凍機は6月から停止していたのです(半年近く)。一説では省エネのためとされています。また、MICガスはアルカリ性物質に吸収されやすいという性質を利用して漏れ出たMICを除害塔で吸収する2段目の安全装置もあったのですが、10月22日以来、運転を停止していました。さらに最後の安全装置、漏洩ガス全てを燃焼させて、無害化するフレアスタック(排ガス燃焼筒)も配管工事のため停止していました。要するにMICという猛毒の化学品を扱いながら、それを安全に管理する意識が殆どなかったのです。これでは、事故にならない方が不思議です。故意に行われた犯罪と言われても仕方が無いでしょう、ただし、15,000人の地域住民を殺す動機がありません。

当時、MICの最終製品である農薬は、世代の交代で別系統の農薬に置き換えられつつありました。そのため、MICの工場は赤字であり、親会社共々新たな投資や安全教育訓練は殆ど行われていませんでした。そのようなことから、会社の志気も落ち、規律も守られていない。先行する事故も複数件起こっており、それも全く活かされていない状態だったようです。

21世紀の現在、このような無責任な事故が発生するとは考えにくいですが、絶対にないとは言えません。例え中間工程で発生する物質であっても毒性の強い物質を扱う工場は保守点検や従業員の教育を含めて厳重な管理を行う必要があります。ありきたりな言い方になってしまいますが、工場管理者や経営者は絶対に守るべきです。会社を倒産させたくないならなおさらです。

ここで、話しをぐっと身近にします(ボバールのとは関係ありません)。皆さんの周り、近所に廃業あるいは倒産してそのままになっている工場はありませんか?廃屋のような建物や錆びた設備が残っている工場です。そのような、場所が近くにあったら町内会でも何でも良いですから必ずチェックして欲しいことがあります。それは以下の5点です。

  1. そこでは、何を作っていましたか?
  2. 機械設備には何がありますか?
  3. 子供が入れるような隙間はありませんか?
  4. 誰かが入って遊んでいるところを見たことはありませんか?
  5. 誰かが入って遊んでいると言う話しを聞いたことはありませんか?

子供にとっては、誰もいない工場は探検遊びの場所以外のなにものでもありません。野原になっている場合でも、土の中に廃棄物がある場合もあります、必ずチェックして下さい。地域住民だけでチェックできない時は市役所と相談して下さい。勝手に入ってチェックするのは無理でも上の5つは調べられます。また、入れないように戸締まりすることも役所ならできます。