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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

一級建築士Aによる、耐震強度の偽装

科学技術

2005年(平成17年)11月17日、国土交通省(国交省)は、マンション20棟、ホテル1棟の計21棟の耐震構造計算書に偽装があったことが発覚したと発表した。その後、次々にこれら耐震偽装に関する事実が露呈され、この事件関係者の国会喚問にまで発展した。

本事件の原因は、耐震構造計算書を偽装した個人の私利私欲とする意見が多いが、偽装を見抜けなかった建築確認の制度にもっと大きな問題があると言える。

経過

耐震偽装が発表されたのは2005年11月17日だったが、偽装は1997年5月ごろに始まっていた。ここでは、発表後にわかった事実も時系列に建築士Aの実刑確定までを示す。

【1997年】

( 5月30日)A(当時、一級建築士)による耐震偽装工作が始まる。東京都中央区月島の「ゼファー月島」。

【1998年】

( 7月15日)Aが「グランドステージ池上」の耐震偽装工作。建築主ヒューザー、施工者松村組、下請け木村建設。Aは国会喚問で、最初の偽装と証言した。

【2004年】

( 2月28日)「千葉設計」と「アトラス設計」がAの港区赤羽根橋のワンルームマンション構造計算書の偽装を見抜き、日本ERI担当検査員に進言するも事件に発展せず

【2005年】

(10月 7日)「イーホームズ」関係者を名乗る者から国土交通省にイーホムズで建築基準法による帳簿が整備されていないなど、告発の電話

(10月13日)「グランドステージ北千住」の施工を「ヒューザー」から請け負った業者「志多組」が鉄筋の異常に気付き、アトラス設計に検査依頼。グランドステージ北千住は、「スペースワン建築研究所」が設計、Aに委託していた。

(10月18日)「アトラス設計」渡辺朋幸社長、2005年10月、「グランドステージ藤沢」の完成予定を知り、イーホームズに通知

(10月26日)イーホームズから国交省職員に同社の構造計算書に偽装があったことが発覚と電子メール

(11月17日)国交省発表、マンション20棟、ホテル1棟の耐震偽装発覚。完成済みは14棟。内、20棟の耐震構造計算書審査はイーホームズが担当。

 

~中略~

 

【2006年】

( 9月 6日)A初公判。建築基準法違反や、偽証罪など。

(12月26日)地裁でAに懲役5年、罰金180万円の実刑判決

【2007年】

(11月 7日)高裁がAの控訴棄却

【2008年】

( 2月19日)最高裁がAの上告棄却。懲役5年、罰金180万円の実刑確定。

 

原因

一建築士Aが、より多くの設計業務を請け負ってその商売が繁盛することを狙い、鉄筋量を減らすことによるコスト削減、すばやい設計業務との評判を作りたくて耐震偽装を行った。

耐震構造計算では、複雑な形状をした建物について正確に行って鉄筋量を減らすにはコンピュータープログラムに頼るところがあり、そのコンピュータープログラムがブラックボックス化していた。審査は入力条件と計算結果を見るだけという形骸化していたため、審査機関では偽装を見抜けずに設計の認可をしていた。

 

//// ここまでは、失敗知識データベースから省略して転載しました。

 

この事件は、ご記憶の方も多いと思います。この年と次の2006年は、日本全体の建設業の売上げに影響が出るほどの大事件となりました。実際に建物が崩壊して犠牲者がでた訳ではありませんが、下請けの建築業者は仕事がなくなり廃業・自殺となったケースもあります。建築業界は、個人の下請けが多いですから資金的に余裕のあるところなんてほとんどありません。元請けからいきなり「今年は、新規工事一切ありません」なんて言われたらどうすることもできないと思います。さぞ、無念だったでしょう。

自分の住んでいる建物が地震で崩壊するかどうかなんて普通は分りません。日本の建築基準は地震国であることもあって世界的にも厳しい基準です。3・11の時を思い出して頂ければ分りますが、1000年に一度の地震が来ても建物自体の崩壊はあまりありませんでした。被害者の90%は津波によるものです。激しい揺れがあった瞬間も東北地方を時速260キロで走っていた新幹線は事故を発生させずに緊急停止しています。こんなことができるのは、おそらく世界で日本だけだと思います。そもそも、緊急地震速報なんて日本以外にはありません。

一級建築士だったAは、そんな日本の技術に唾をかけ、ドロを塗った人間です。裁判はまだ進行中ですからこれ以上Aのことは言いませんが、Aのお陰で日本中の建築士や建築会社は信用を失いました。法律上それほどの罪にはならないはずですが、私に言わせれば殺人と同罪レベルの罪だと思います。

一方、海の向こうの米国には、素晴らしい建築家がいました。建築家のウィリアム。ルメジャーはシティコープという会社のビル(シティコープタワー)の設計を依頼され、非常に変わった構造のビルを設計しました(ニューヨーク市にあります)。というのも、地所の端に教会があったため、その部分を避けるために地上9階までの部分を吹き抜けにし、 ビルの柱を四隅ではなく四辺の中央に置く構造にしたのです。

タワーは無事完成し、ルメジャーの設計の独創性が高く評価されましたが、あとになってルメジャーはある学生からの問い合わせに答えているうち、最新の知識に照らすと自分の設計に見落としがあったことに気づきました。というのも、建物に対して斜めからの風を計算に入れていなかったため、16年に1度のレベルの強風に対して崩壊する恐れがあったのです。ルメジャーは自分の設計ミスをタワーの所有会社(シティグループ)に報告して補強工事をすることに無事に成功しました。

ルメジャーは、事故を未然に防いだ自分のエピソードを学生たちに語ったあとで、しめくくりにこんな風にいっています。「君たちには社会的な義務があります。技術者としての免許を得て、尊敬をうけることとひきかえに、君たちは自己犠牲的であることを求められ、 自分自身や自分のクライアントの利害をこえて社会全体を見渡すことが求められます。わたしのエピソードで良かったことは、私がこの求めに応じたときに何もわるいことが起きなかった、ということなのです」。この発言から、ルメジャーがなぜあえて自分の設計ミスを公表してビルの修復をする方向で考えたのかを伺い知ることができます。ルメジャーが斜めからの風を見落としたのは、市の建築基準がそもそも斜め風に対する強度測定を要求していなかったからで、気づかないふりをしていたとしても十分やりすごすことができたかもしれません。そういう状況下であえて設計ミスを公表する道をえらんだ根拠として、彼は自分が技術者としての免許を授与されていること、尊敬をうけていることを挙げているのです。

ルメジャー氏は、後にアメリカ建築アカデミーの会長になりましたが、この時の行動を評価されたようです。

上記の話は、建築系のエンジニアには有名な話ですから、「また、ルメジャーの話ですか」と思った人もいるかもしれません。しかし、日頃のエンジニアとしての自分の行動と良く考え合わせてみて下さい。何も問題が起きておらず、決められたルールは守って業務を行った時、後でそこに重大な問題を発見してそれを公表できるでしょうか。私は、少し自信がありません、ですからルメジャー氏の話を忘れないように、何時でも何度でも思い出すようにしています。