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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

41年前の北陸トンネル火災事故

車両・鉄道事故

技術士試験に関して一言。

さすがに、これだけ昔の事故だと、口頭試験で質問されることはないと思います。しかし、チャレンジャー号の事故や、チェルノブイリの事故などは技術者倫理やリスクマネジメントの観点から質問される場合もありますから、この事故に関しては悪い例として、簡単に記憶しておいても損はありません。また、この日(1972年11月6日)は、日本航空351便ハイジャック事件も発生していますが、こちらは刑事事件ですのでここでは触れません。

 

1972年(昭和47年)11月6日、福井県北陸本線北陸トンネル内で大阪発青森行き下り急行「きたぐに」が全長13,870mの北陸トンネルを走行中、何らかの原因で列車火災が発生した。車両が燃えやすい材料だったことや、火災時の列車緊急停止が運転マニュアルで決められていたなど長大トンネル内における火災対策の不備のため、乗務員1名を含む30名が死亡し、714名が負傷した(焼けた食堂車の写真)。 

経過

下り急行「きたぐに」が北陸トンネル内を走行中、15両編成の客車の11両目の食堂車から出火した。1時10分頃に車掌が乗客から出火を知らされ、直ちに非常停止の手配を取り、1時13分頃、敦賀口から5.3kmのトンネル内で停止した。乗務員2名が消火器によって消火に努めたが火勢は衰えず、消火は困難と判断した。火災を起こしている車両を切り離して脱出することとし、1時24分頃、11両目の食堂車と12両目客車との間を60m切り離した。その後、1時29分頃、トンネル両端駅である今庄、敦賀両駅に救援を依頼するとともに、さらに9両目と10両目を切り離そうとしたが、1時52分頃火災の影響のため、「きたぐに」の停車している下り線の架線が停電し、運転は不可能になった。

長大トンネル内であるため、約760名の乗客の避難誘導は困難を極めた。一部の乗客は、火災のためトンネル内に停車していた上り急行「立山3号」に乗り移り、今庄方面に脱出した。一部の乗客は徒歩でトンネル内を避難。また一部の乗客はいったん車外に誘導させられたものの、煙がひどいため客車内に戻り待機させられた。

2時43分に第1次救援列車、6時43分に第2次救援列車が敦賀駅から現場に送り込んだが、煙がひどくて近寄れず、トンネル内を避難する乗客を乗せて引き返した。全員の救助が終わったのは14時であった。 トンネル内に充満した煙のため、乗客29名と職員1名が死亡し、714名が負傷した。犠牲者は焼死ではなく、一酸化炭素中毒死であった。 

原因

  • 直接の出火原因は不明であるが、タバコの不始末、石炭レンジの残り火などの説がある。
  • 車両に燃えやすい材料を使ったため、火が早くまわってしまった。
  • 長大トンネル内でも火災時の列車緊急停止が運転マニュアルで決められていた。
  • 長大トンネルの火災対策には不備があった。

事故当時、北陸トンネルの火災対策はまったくなされていないのも同然であった。換気・排煙設備はまったくなく、列車通過などによる自然換気のみに頼っていた。トンネル内での無線は使用できず、約300mおきにある鐵道電話のみが外との連絡手段であった。また、架線停電時すぐに使用できる動力車も確保されていなかった。さらに、地元の消防関係者から防災対策改善の勧告が再三なされていたが、国鐵(現在のJR)は「検討する」と回答しながら何ひとつ実施せず惨事に至った。 

 

//// ここまでは、失敗知識データベースから省略・加筆して転載しました。

 

マニュアルの不備が批判された事故でもあります。トンネルの中だろうが、外だろうが「火災が発生した場合は列車を緊急停止させる」ことになっていたため、運転士はマニュアル通り列車を停止させました。残り8キロ強ですから、車掌が消火器を使っている間、後10分走っていれば一酸化炭素中毒で死なずに済んだかもしれません。

実は、「きたぐに」事故の3年前、1969年にも北陸トンネル内を通過中の寝台特急「日本海」で列車火災が発生しました。しかし、この時は列車乗務員が機転を利かせて当時の規程を無視して列車をトンネルから脱出させ、速やかな消火作業行い被害を最小限に食い止めることができました。この事故では、死傷者を生じさせなかったのですが、国鉄上層部はこれを「規程違反」として乗務員を処分してしまいます。当然、運転マニュアル・事故対策マニュアルの見直しは行われません。そのため「きたぐに」の事故列車は、長大トンネルの中間で規程どおりに停止せざるを得ず、結果として大惨事になってしまいました(死を選ぶか、規定違反を選ぶかで死を選ぶ訳です)。

 

この事故を教訓に(30名の命を犠牲にして)、列車車両の防火対策が進みました。当時、地下鉄や長大トンネルは増加する一方だったのですが、車両の難燃化・不燃化の基準は戦前のものが使用されていたのです。基準が改訂され、車両の構造は以下のように対策されました。

  1. 内装材をアルミ化粧板に取り替え
  2. ガラスの破損による隣の車両への延焼防止のため、貫通扉の窓ガラスを網入りガラスに取り替え
  3. 隣の車両への延焼防止のため、貫通幌の難燃材料化
  4. 寝台車と寝台列車に連結する食堂車の難燃化
  5. 車内放送設備の整備と車内の非常ブザー等の使用制限を明示するためのステッカー貼付
  6. 車両に消火器を備え付け、もしくは増備
  7. 寝台車に煙感知器の取り付けと非常用携帯電灯及びメガホンを備え付け
  8. 床下にディーゼルエンジンを積んだ寝台車への自動消火装置の取付け

などです。

高度成長時代、長大トンネルが全国で造られていながら、トンネル内で列車火災が生じた場合にどうすれば良いかは対策されていませんでした。当時、すでに全長5キロメートル以上のトンネルは、全国に20箇所(在来線13,新幹線7)あったのですが、列車の防火基準も、避難マニュアルも見直されることはなかったのです。

2013年現在、運行されている本格的食堂車両は、夜行列車の「北斗星」・「トワイライトエクスプレス」にのみ連結されているスシ24形だけです。しかも、全て電化されていて「火」の使用はありません。もっとも、電気火災だって発生しますが、危険性ははるかに下がります。私は、列車火災を防止するためなら、列車内での食事は駅弁だけでも我慢します。