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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

アイスマンをめぐる新たな事実-ナショナルジオグラフィック ニュース

ナショナルジオグラフィックを見ていたら、この件もブログに残しておきたくなりました。1991年、アルプス山中で発見された凍結ミイラ、通称「アイスマン」のことです。昨日に引き続きもう一度脱線します。

 

アイスマンのことは、デイビッド ゲッツが『アイスマン 5000年前からきた男』・金の星社、1997年刊で取上げられました。その後さらに、コンラート シュピンドラーが『5000年前の男』・文春文庫、1998年刊と言う本で取上げています。私は、単行本が出版された時にすぐ購入しましたが、現在では発見当時よりもさまざまな事実が判明しています。何年か前に日経サイエンスでも取上げられましたが、今回あらたにジオグラフシックで取上げられましたので少しまとめておきます。発見された、通称アイスマンにはエッツィと言う名前までつけられました。ある意味気の毒な話しではありますが、エッツィは発見されてから、22年にわたり体中を調べられています。なにしろ、最後に食べたものまで分っているのですからすごいですね。

 

凍った状態で見つかった有名なミイラ、アイスマン(エッツィ)をめぐる驚くべき発見は今も後を絶たない。その1つとして、つい最近、オーストリア国内にエッツィの遺伝子上の近縁者が19人いるとの報告がなされた。5300年前に死亡したと見られるエッツィの遺体は、1991年にオーストリアとイタリアの国境地帯の山中で発見された。アルプスに暮らした世界最古の有名人エッツィに関する最新の情報、そしてこれまでに明らかになった注目すべきいくつかの事実を紹介することにしよう。

 

 全部で、5つの発見が紹介されていますが、その内2つを紹介します。

 

◆1. アイスマンの親戚が現代に生きている 

アイスマンと遺伝子上のつながりを持つ近縁者がいることが、新たなDNA調査により明らかになった。アイスマンの男性性染色体の異常マーカーに注目して研究を行っているグループの報告によると、オーストリアのチロル地方にエッツィの遺伝子上の近縁者が少なくとも19人いることが分かったという。 

 

オーストリア、インスブルック医科大学のウォルター パーソン(Walther Parson)氏が主導する調査の中で、3700人の匿名の供血者のサンプルを使って遺伝子の照合が行われた。19人の血液からは、アイスマンから見つかったのと同じG-L91と呼ばれる極めて珍しい突然変異株が確認された。「アイスマンと19人は共通の先祖を持ち、それはおそらく1万~1万2000年前に生きていた人類ではないかと思われる」とパーソン氏は話す。 

 

~中略~

 

◆5. アイスマンは植物の花粉とヤギを食べていた 

アイスマンの最後の食事に関する情報は、学者たちに最高のごちそうをもたらした。胃の内容物からは30種類の花粉が発見された。花粉の分析結果はエッツィが春か初夏に死亡したことを示している。さらに、分析結果をもとに、死の直前に山々を移動していたらしい彼の足取りを辿ることもできる。完全に消化されていない胃の残留物は、エッツィが無残な死を遂げる2時間前に最後の食事を取ったであろうことを伝えている。食事の内容は穀物とアイベックスの肉。アイベックスは足の速い野生のヤギの一種だ。 

 

 

 

死ぬ2時間前に食事を摂ったと言うことは、ある意味突然死なのでしょう。死因は段階的に判明してきました。初めの頃は、凍死が有力でしたが、2001年に放射線科医パウル ゴストナー博士によるX線撮影調査で左肩に矢尻が見つかりました。そのため、これが死因である可能性が高まったのですが確実とまでは言い切れませんでした。

ようするに、死体の解剖分析は極めて貴重な資料を損傷するとして許可されないのです。しかし、2007年にスイス・チューリヒ大などの研究チームが行ったコンピューター断層撮影装置により、動脈付近の傷が詳細に分析され、動脈損傷による失血死であったことが実証。右眼窩に骨にまで至る裂傷が認められ、更に後頭部に即死に至る量の脳内出血の痕跡が見つかりました。これは彼を殺害した者が彼に止めを刺すべく、矢を受けて倒れた彼の後頭部を石などの鈍器で殴ったと推測できるそうです。5000年前の殺人事件と言えるでしょうが、悲惨な死に方です。

今回、ジオグラフィックに発表された新説では、なんとアイスマンの子孫がオーストリアで見つかったと言うことですから驚きました。オーストリアで見つかった子孫の方々は、博物館に墓参りにいくのでしょうか。

一方、日本は高温多湿な地域ですから死体はすぐに腐敗して考古学的に重要な資料として残りません。ですが、私は、寒い山の上とか、北海道の山奥などで5000年ぐらいまえのミイラが発見されないかな?などと考えることはあります。なにしろ、日本の古代人に関する研究は、藤村某の事件以来研究レヴェルの未熟さが露呈してしまって全く活気がありません。回復するまで後数十年かかる可能性もあります。どこかで、その起爆剤が発見されることを願っています。