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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

航空機と鉄道事故、二つの事故を一度に

6月2日は、残して起きたい2つの事故が発生しているため、両方に触れておきたい。

1つ目は、35年前(1978年・昭和53年6月2日)の日本航空115便しりもち事故。

2つ目は、21年前(1992年・平成4年6月2日)の関東鉄道常総線列車衝突事故である。

 

最初の日本航空115便の事故は、東京(羽田)発~大阪(伊丹)行、ボーイング747SR-46が、大阪府豊中市蛍池西町の伊丹空港に着陸する際、機体尾部を滑走路面に接触させた事故である。

 

死者は0名、乗員乗客全員命に別状はなかった。しかし、しりもち着陸後機体がバウンドしたため3名が軽い怪我を負った。この事故そのものは別に大した事故ではない。だが、この事故が、1985年(昭和60年)8月12日に発生した日本国内最大の航空機事故「日本航空123便墜落事故」の原因となっていたことが判明した。その原因とは、しりもち着陸により、機体尾部の圧力隔壁を破損したため、日航側はボーイング社に修理を依頼した。しかし、その修理に欠陥があり、後に金属疲労を起こし垂直尾翼破壊に繋がったというものである。

 

123便の事故そのものは、8月12日に書くが、今回の事故機ボーイング747-SR46型機は、この事故を含め計3回の事故を起こしている。

しりもち事故の4年後、1982(昭和57年)年8月19日、羽田空港発千歳空港行きが、着陸の際視界不良とパイロットの判断ミスにより滑走路の右に逸れ、第4エンジンが地上に接触、着陸復航した。これは、視界が悪い中、副操縦士に操縦を行わせるという、当時の日本航空の社内規定違反だった(機長が違反している)。

1985年8月12日、羽田空港発伊丹空港行き123便が、離陸12分後、今回の事故後の修理に不備があり、金属疲労が原因で垂直尾翼が破壊され、油圧系統をすべて損失、コントロール不能になり、群馬県上野村高天原山の尾根(通称:御巣鷹の尾根)に墜落し、乗員乗客524名中520名が死亡、4名が重傷を負った。

 

事故後の調査で、圧力隔壁他、機体尾部の部分を修理するため、ボーイング社に修理を依頼。しかしエンジニアによる圧力隔壁の修理にミスがあり、割れていた圧力隔壁の交換部分との繋ぎ目に挟む鉄板が途中で2枚にカットされていたため、2列必要なリベットが1列分しか効かない状態になっていた。さらにその後のJALの調査による修理のミスは発見できなかった(ミスの部分が覆われて見えなくなっていた)ため、JAL123便の事故を防げなかったのである。

 123便事故の数年後、この115便のパイロットと担当整備士が自殺していると言う未確認の話しもある。

 

2つめの関東鉄道衝突事故は、関東鉄道常総線取手駅構内において、入線してきた同駅終着(新守谷発)上り列車(キハ300形気動車2両とキハ800形気動車2両の4両編成、乗客約900名)が停止せず暴走、車止めを飛び出し、そのまま駅ビルの2階の壁を突き破り、先頭車両が駅ビル店舗に突入して大破し、乗客1名が死亡した事故である。列車の駅進入前に運転士が窓から飛び降りて脱出し(朝日新聞1992年6月3日朝刊)、250名以上が重軽傷を負った。運転士は、ブレーキが効かなくなったことを車内放送で伝えて、乗客に後方に移動するように指示したが、朝のラッシュ時の混雑した車内での移動は困難を極め、車内はパニックとなり、網棚に上りだした乗客もいたという。

 

原因はブレーキ故障であるとされている。非常ブレーキも一駅手前の西取手駅で作動させた後に、発車しようとしたところ、ブレーキが緩まなくなり、運転士がブレーキ締め切りコックを閉めてブレーキを緩め、元に戻さずに発車してしまい、常用・非常の両系統のブレーキが作動しなかった。

 

//// ここまでは、ウィキペディア+αから省略・加筆して転載した。

 

朝の満員電車に乗っていて、間もなく終点に到着すると言うときに、「ブレーキが効かないから後に逃げろ」と言われても恐らくどうにもならないと思う。何両目に乗っているかにもよるが、私なら進行方向に足を向け、ドアの近くに寝そべってなるべく体を固定し頭を守ると思う。私は、何時も比較的大きめの鞄を持ち歩いている、中身を全部出して頭からかぶればそれなりの防御態勢になると思う。上着があれば、それで頭を覆うこともできる。とにかく、頭を守ることが大事だろう。後は。アナウンスから衝突までどれくらいの時間があるかで決まると思う、10秒あれば割と色々できる。

 

日航機事故は、御巣鷹山事故の後に騒がれ出した。修理が正確に行われるか、後の点検がしっかり行われていれば、後の墜落事故は発生せず、しりもち事故の方は忘れ去られていたのだと思う。しかし、2列必要なリベットを1列だけで固定し、それが見えないようになっていたと言うのは解せない話である。図は、リンクされているからご覧頂きたい。これでは、結合板が結合板の役目を果たしていない。

飛行機は、上下に飛行することで気圧の変化から機体全体が風船のように膨らんだり萎んだりする。圧力隔壁は、乗客がその気圧の変化になるべくさらされないよう客室内の気圧を一定に保つ役割を担っている。1回の飛行で何十回も前後に動く、隔壁は金属でできているとは言え疲労の度合いは大きい。ボーイング社のエンジニアだってそんなことは分かっていたはずである。

 

8月12日までには、この修理の件をもう少し詳しく調べここに載せたい。