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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

セント・ヘレンズ山の噴火により、山体は3つに分裂

1980年(昭和55年)5月18日、現地時間の朝8時32分、アメリカ・ワシントン州スカマニア郡にある、セント・ヘレンズ山の噴火によりマグニチュード5.1の地震が発生した。北側斜面は大規模な山体崩壊を起こし、時速160kmから240kmもの岩屑なだれとなってスピリット湖へ駆け下った。調査本部を呼び出そうとするデイヴィッド・ジョンストンの声("Vancouver! Vancouver! This is it!"(「バンクーバーバンクーバー!これだ!」))がアマチュア無線によって記録されているが、間もなく交信は途絶えた。その直後、セント・ヘレンズ山の内部に蓄積されていたマグマが噴出し、激しい横なぐりの爆風(衝撃波)と大規模な火砕流が北側山麓を襲った。このときの火山爆発指数は5であった。この様子は、山頂から北東に約17km離れた地点に陣取っていたカメラマン、ゲイリー・ローゼンクィスト  により連続写真として撮影され、秀麗な山容のセント・ヘレンズ山が崩落・爆発する様子が記録された。ジェラルド・マーチンは最後の瞬間まで噴火の様子を無線で伝え続けた。また、地質学者のキースとドロシーのストッフェル夫妻が小型飛行機で噴火の様子を写真に記録していた。

セント・ヘレンズ山から北に約11kmまでは跡形もなく吹き飛ばされ、約22kmまでの木々はなぎ倒され、さらに遠方では山火事が発生するなどして合計約600km2(東京23区に相当する広さ)が大きな被害を被った。50kmほど離れたアダムス山でも気温が一時的に数度上昇した。

 

同日17時30分頃、噴煙の高さは徐々に低くなり始めた。しかしながら数日間にわたって絶え間なく爆発が起こり、最終的には広島型原爆2万7,000個分に相当するエネルギーがセント・ヘレンズ山から放出され、噴出物の総量は1km3を超えた。セント・ヘレンズ山の北側には幅約3km、深さ約800mの巨大な火口が出現し、セント・ヘレンズ山の標高は400mほど減少した。この噴火により57人が死亡もしくは行方不明となり、5,000頭のシカ、1,100万匹の魚が死亡したと推定されている。また家屋200棟、橋43本、道路約300km以上、鉄道25km以上が破壊された。

火山灰や火砕流、泥流、そして岩屑なだれなどの被害は概ね火山学者たちが事前に予測した通りの範囲で起きたが、横なぐりの爆風は予想外であり、大噴火を予測することもできなかった。しかしこの経験はセント・ヘレンズ山の以後の噴火やピナトゥボ山など他の火山の噴火の予測に役立つことになる。

 

//// ここまでは、ウィキペディアから省略・加筆して転載した。

 

セント・ヘレンズ山は、2004年9月23日にも比較的規模の大きな爆発を起こしている。1980年の爆発は、事前にある程度予測されていたから、人的な被害はそれほど大きくはない(と言っても57名の方が亡くなっている)。5月8日に紹介した西インド諸島プレー山の時は、3万人以上が亡くなり町は壊滅しているから爆発の規模を考えると犠牲者は多くない。もし、事前の予測がもう少し大きな規模を想定していれば犠牲者は出なかったかもしれない。

今回、探しきれなかったが以前、日経サイエンスに「スーパーボルケーノ」の特集が組まれていたことがある。ようするに破局的噴火、大量生物死をもたらすほど環境を変化させてしまう規模の火山爆発である。

現在、その可能性が指摘されているのは、アメリカ合衆国イエローストーン国立公園地下にあるマグマ溜りの爆発である。約220万年前、約130万年前、約64万年前の計3回破局噴火を起こしており、現在貯留している9,000km3のマグマ溜まりが噴出した際には、人類の存亡の危機となることが予想されている。爆発の周期は、およそ60万年、前回の爆発は64万年前だから何時起きても不思議ではない。もっとも、長いときは90万年の間隔があるから、あと30万年は大丈夫かもしれない。いずれにしても、制御できるものではないから、爆発の予兆があったらイエローストーン国立公園から1000キロ以内の人は避難するしかないと思う。その後、5~10年、地球の平均気温は6~8度低下する。沖縄に大雪警報がでるだろう。