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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

大阪万博の影で、死者79名、重軽傷者420名の大爆発

事例概要

 1970年(昭和45年)4月8日、大阪市営地下鉄2号線(谷町線)の延長工事現場で、地下に露出した都市ガス用中圧管の懸吊作業をしていたところ、中圧管の水取器の継手部分が抜け出したため都市ガスが噴出し、坑内に充満して引火し、10mを超す火柱とともに大爆発が起き、長さ200mにわたり覆工板が飛散した。この爆発で死者79名、重軽傷者420名、家屋の焼失、破損等495戸という大災害(天六ガス爆発事故と呼ばれている)となった。

ガス管の継手強度が通行車輌の荷重、地下鉄工事そのものの影響等により低下し、また抜け止めを行っていなかったため、ガス管が抜け出したものと見られている。

この事故は、被害者のほとんどが一般通行人であったこと、被害者の数が多かったことから社会的影響が大きく、高度経済成長時代の猛烈な都市開発ブームが生んだ都市型災害として、様々な教訓を残した。

 

原因

敷設工事での初期欠陥、交通荷重による経年劣化、地下鉄工事による影響と複数の原因で継手強度は低下していた。工事関係者は工事を始めるに当たって、たとえ原因はわからないにせよ継手強度が低下していることを予測しておくべきであり、そのための抜け止めの施工を怠ったことが、この事故の根本的な原因である。 

継手強度低下の原因は、初期欠陥、交通荷重による経年劣化、地下鉄工事の影響の3つと推定される。初期欠陥とはガス管の敷設工事時に生じた欠陥のことを指し、当時の作業状況、作業手順、埋設状況等からその可能性が考えられる。次に、交通荷重による経年劣化であるが、中圧ガス管の埋設深度は浅く、敷設から地下鉄工事が始まるまでの間に、地上幹線道路の車輌の交通による沈下を招きつつ振動を受け、継手強度が劣化したと考えられる。また、地下鉄工事によって、試掘、覆工のために中圧ガス管付近の掘削、埋戻しを繰返したため、短期間であるが交通荷重の影響がより大きなものとなったと考えられる。

 

着火源

当初、ガス漏洩現場で火災を起こした緊急車輌と考えられていた。しかし、緊急車輌の炎が約10分間燃えつづけたことから、炎上場所直下の坑内上層の混合気は、すでに燃焼限界を超える高濃度になっており、引火の恐れはなかったと推定される。そうでなければ、着火と同時に引火しているはずである。また、爆発は炎上していた緊急車輌の付近を中心として起こったが、着火した炎が爆発現象が起きる前に混合気内を伝わっていく現象があるため、着火地点と爆発の中心が一致するとは限らない。以上より、火災を起こした緊急車輌が着火源とは考えにくく、現場にはそれ以外にも着火源となりうるものが多数想定されることから、それらのうちのいずれかと推定される。

 

//// ここまでは、失敗知識データベースから省略・加筆して転載した。

 

大阪万博は、1970年(昭和45年)3月14日から9月13日まで開催されていたから、丁度その最中の大事故である。

この事故での問題は、1957年(昭和32年)に埋設され、13年間使用していたガス管の劣化を予測しなかったことにある。さらに、ガス漏れに対して野次馬が殺到し覆工板の上に乗っていたことも被害を大きくした原因である、亡くなった多くの人は爆発で覆工板ごと吹き飛ばされている。工事関係者は、ガスが漏れた時点で付近の住民や通行人には避難と火気厳禁を要請したらしいが、全く徹底されていなかった。

現在の目で見れば、安全意識も工程管理も全くできていない杜撰と言える工事だった訳だが、当時は高度成長で日本中が浮き足だっていた頃だから現場作業はこの程度だったのかも知れない。この事故を契機として法改正が行われ「掘削により周囲が露出することとなった導管の防護」(ガス事業法省令77条、78条)が制定された。

以下が事故と関係のある部分。

・露出部分の両端が地くずれのおそれのないことの確認

・漏えいを防止する適切な措置

・温度の変化による導管の伸縮を吸収、分散する措置

・危急の場合のガス遮断措置