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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

地震予知失敗で禁固刑・ラクイラの地震

仕事で会社に泊まったため、2日間ブログの更新がストップしました。

 

ラクイラ地震 は、2009年1月から4月にかけてイタリアのアブルッツォ州 ラクイラ県のラクイラ付近で発生した群発地震である。その終盤の4月6日3時32分中央ヨーロッパ夏時間、JST-7)に発生したマグニチュード6.3の地震が特に大きな地震であり、被害も大きかった。現在までに300人以上の死亡が確認されており、6万人以上が家を失って避難生活を強いられている。アブルッツォ・ラーツィオ地震とも呼ばれ、日本のマスメディアでは専らイタリア中部地震の呼称を用いている。

イタリアでは1980年11月23日のカンパニア州イルピニアの地震 (M6.9) 以来という、大きな被害をもたらした。この地域はユーラシアプレートとアフリカプレートが衝突しており、地震が発生しやすい。

 

マグニチュードの小さな揺れが4か月にわたって断続的に続く中、決定的な揺れが2009年(平成21年)4月6日3時32分に発生した。イタリア国立地球物理学火山学研究所(INGV)はマグニチュード(ML)5.8 、震度は改正メルカリ震度階級でVIII~IXと推定されている。

また、ポツダムのGFZ研究所の自動地震観測装置によるとマグニチュード6.2であったとされる。この揺れはイタリア全土に伝わった大きなものであった。

加えて、4月6日3時32分の大地震から48時間の間に256の余震が観測されており、4月7日火曜日には150以上、そのうちマグニチュード3.0以上のものは56を数える。

 

2010年6月3日までに、ラクイラの検察当局は、地震の危険度を判定する国の委員会が地震発生前の3月31日に、大地震の兆候がないと判断し、それが記者会見で発表されたことが被害拡大につながったとして過失致死の疑いで捜査を始めたと発表した。委員会側は、「地震予知は極めて困難」、「当時は大地震発生の可能性はとても少なかった」と反論している。

安全宣言を出した委員会メンバー7人(行政官2人、学者5人)は過失致死でラクイラ地方裁判所に起訴された。2012年9月25日に7人全員に禁錮4年が求刑され、10月22日に求刑を上回る6年の実刑判決が出された。

 

//// ここまでは、ウィキペディアから省略・加筆して転載。

 

//// 以下は、2012年(平成24年)10月23日の産経新聞の記事 ////

地震予知失敗で禁錮6年、学者ら7人実刑 イタリア地裁

2012.10.23 01:13

 多数の犠牲者が出た2009年のイタリア中部地震で、大地震の兆候がないと判断し、被害拡大につながったとして、過失致死傷罪に問われた同国防災庁付属委員会メンバーの学者ら7人の判決公判が22日、最大被災地、ラクイラの地裁で開かれ、同地裁は全員に求刑の禁錮4年を上回る禁錮6年の実刑判決を言い渡した。被告側は控訴する方針を明らかにした。

 大学教授や地震学の専門家らで構成される同委員会は群発地震が続いていた中部の状況について、09年3月31日の会議で大地震に結び付く可能性は低いと報告。これが報道され、安心して避難しなかった多くの住民が6日後の4月6日に起きた中部地震で死傷したとして7人が起訴された。

 公判で、検察側は「報告がなければ、犠牲者は用心深く行動したはずだ」と主張。弁護側は「地震被害は誰の責任でもない。まるで中世の裁判のようだ」と争っていた。(共同)

//// ここまで ////

 

この地震は、被害よりも予知できなかった委員会メンバーの裁判で有名になったと言ってよい。正直言って実刑判決が出るとは思わなかった。もっとも、地震予知ができなかったからと言うよりも、「大地震の予兆はない」と言ったことが問題なのだと思う。天気予報でもそうだが、少し危険側にシフトして発表しておいた方が良いと言う事である。

それにしても、私は、政府やそれに準ずる委員会なるものをそこまで信じて良いのかと思う。学者や専門家が「地震の予兆はない」と発表したからと言って、その言葉に命を預けるものだろうか。群発地震は、1月から続いていたのだし3月31日になって「大地震は来ない」と言われても私なら安心しない。まして、イタリアは、ギリシャ、トルコと並んで地震の多発国である。これまでに、何度も地震の被害に遭っているはずだ。

地震の予知は、現在のところ科学的に正確にはできない。それが分かっているのなら、誰が安全宣言しようが疑いの目で見るべきだ。被害にあった方の冥福を祈る。