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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

スペースシャトル・コロンビア号空中分解事故

航空機・船舶の事故

2003年2月1日、アメリカ合衆国の宇宙船スペースシャトル「コロンビア号」が大気圏に再突入する際、テキサス州とルイジアナ州の上空で空中分解し、7名の宇宙飛行士が事故の犠牲となった。コロンビアは、その28回目の飛行であるSTS-107を終え、地球に帰還する直前であった。

事故原因は、発射の際に外部燃料タンクの発泡断熱材が空力によって剥落し、手さげカバンほどの大きさの破片が左主翼前縁を直撃して、大気圏再突入の際に生じる高温から機体を守る耐熱システムを損傷させたことだった。コロンビアが軌道を周回している間、技術者の中には機体が損傷しているのではないかと疑う者もいたが、NASAの幹部は仮に問題が発見されても出来ることはほとんどないとする立場から、調査を制限した(リスクマネジメントの視点からは不可)

NASAによるシャトルの元々の設計要件定義では、外部燃料タンクから断熱材などの破片が剥落してはならないとされていた。従って、シャトルが破片で損傷するような事態は、本来はそもそも発射が許可される前に解決されていなければならない安全上の問題であるはずだった。しかしながら、技術者たちは破片が剥落し機体に当たるのは不可避かつ解決不能と考えるようになったので、破片の問題は安全面で支障を及ぼさないかもしくは許容範囲内のリスクであるとして、発射はしばしば許可された。そのため、大半の打ち上げにおいて剥落した断熱材の衝突による耐熱タイルの損傷が記録されていた。 二つ前の打ち上げであるSTS-112においては、断熱材の塊が外部燃料タンクのバイポッド・ランプから剥落し、左側の補助固体燃料ロケット(SRB) の後尾付近にある SRB-外部燃料タンク間の接続リングを直撃して、幅4インチ深さ3インチの凹みを発生させた記録も残っている。 そのミッション後に状況は調査されたが、NASAは破片問題について「外部燃料タンクは安全に飛行可能であり、新たな問題(やリスクの増大)はない」としてこれを容認する判断を示した。

(つまり、保有できるリスクであると判断したことになる)

コロンビア号がケネディ宇宙センター39番発射台を飛び立ってからおよそ82秒後、外部燃料タンク(ET)からスーツケースほどの大きさの断熱材の破片が剥落し、左側主翼の強化カーボンカーボン(Reinforced Carbon-Carbon, RCC)の耐熱保護パネルを直撃した。後にコロンビア号事故調査委員会(CAIB)が行った実験によれば、これによってパネルには直径15~20cmの穴が開き、大気圏再突入の際に高温の空気が翼の構造内に入り込むことになった。なお、この時の軌道船の高度はおよそ66,000フィート(20km)で、速度はマッハ2.46(秒速840m、時速3,024km)であった。

左側バイポッド・ランプは全体が発泡断熱材(Spray-On Foam Insulation, SOFI)で作られている1メートルほどの大きさの部品で、金属部分を覆うものである。断熱材それ自体は機体を支持する構造物とは見なされておらず、また空力負荷に耐えられるものであることを要求されている。このような特殊な性質のために、ランプを取りつけたり点検したりする作業は専門の技術者でなければ行ってはいけないことになっている。

チャレンジャー号事故の際の危機管理シナリオと同様に、NASA の管理機構は技術陣の懸念と安全性との関連を正しく認識できなかった。二つ例を挙げれば、まず損傷有無を調べるために映像が欲しいという技術陣からの依頼を真面目に取り合わなかった。また、技術陣からの飛行士たちによる左翼の検査がどうなっているかという照会にも答えなかった。技術陣は国防総省に対し正確な損傷評価のために軌道上のシャトルを撮影するよう 3回にわたって要求した。それらの写真で損傷を把握できる保証は無かったが、有意味な検査を行える程度の解像度で撮影を実施する能力自体は存在していた。事故調査委員会は、以後のシャトルの飛行においては、軌道を周回している間は国防総省の地上あるいは宇宙空間にある施設を使って機体を写真撮影することを勧告したが、NASAの管理機構は依頼を真面目に取り合わなかったようである。

結局のところ、NASA の計画管理者たちはこの衝突が安全を脅かす状況だったと示す証拠は不十分だと考えたので、破片衝突を「ターンアラウンド」(=重要度が最高では無いことを意味する NASA 用語)事象と宣言し、国防総省による写真撮影を求める依頼を却下した。

コロンビア号事故調査委員会は、もし、NASAが打ち上げの状態から直ちに行動していれば、リスクは高いながらも救出策を実行することは可能だったと断定した。この場合二つの案が考えられ、一つは当時発射準備作業中であったアトランティスで救出に向かうものであり、もう一つは船外活動(EVA)によって破損した左主翼の熱保護システムを修復するというものである。事故調査委員会によれば、いずれもNASAが即時に決断していれば実行可能なものであった。

シャトルの発射準備には相当な期間が必要とされ、またいったん宇宙に行ってしまえば軌道を周回している間に使用する消耗品(電力・水・空気など)の量には限りがあるため、通常は救出用のシャトルを打ち上げることは不可能である。しかしながらこの時はアトランティスが3月1日発射予定のSTS-114に向けて準備に入っていたし、またコロンビアも国際宇宙ステーション建設調査のための軌道滞在期間延長機器(Extended Duration Orbiter package)を搭載していた。このため事故調査委員会は、コロンビアは最長で2月15日までは軌道に滞在することが可能であったとし、またNASAの調査官もアトランティスは安全項目の点検をおろそかにすることなく2月10日までには発射を行うことができたとした。従ってもし何も問題が発生しなければ、5日間の余裕を持って飛行士の救出が可能だったということになる。

 

ここまでは、ウィキペディアから省略して転載した////

 

本当に助けられたのかどうかは、分からない。ただし事故調査委員会は助けられたと、断定している。それにしても、チャレンジャー号の時と全く同じではないか。危険シグナルを発した専門技術者がいたにもかかわらず、上部の管理者は計画通り打ち上げを遂行しようとする。また、危険の可能性を飛行士に知らせていない。

NASAは、過去に輝かしい実績を多く残している。評価すべき点は多い、しかし、スペースシャトルで発生した2件の事故は、色々調べるほど「何故?」と考えてしまうことが多い。そもそも、できることが少ないからと言って、調査そのものを制限するのはどう考えても変だ。アポロ13号(1970年4月11日)の時も飛び立ってしまってからの事故だが、地上からの支持と乗組員の努力で無事生還している。33年経つとその成功例が奢りになるのか。ユニクロの柳井氏ではないが、成功した記録は残す必要は無い、失敗の記録と分析結果を長く残していけば良いと考えている。