読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

三俣の大雪崩

三俣の大雪崩(みつまたのおおなだれ)は、1918年1月9日に新潟県南魚沼郡三俣村(現在の湯沢町)で発生した雪崩災害である。100年近くも前の災害ではあるが、死者は155名にのぼり、2013年1月9日現在、日本最悪の雪崩災害である。

1918年1月9日午後11時30分、大雪崩の一報を伝えたのは、付近で水力発電所の工事を行っていた作業員である。三俣村集落の東側の山から大規模な雪崩が発生し、人家28戸、学校1棟が雪に埋まった。作業員は深夜に猛吹雪の芝草峠を越えて隣町の湯沢町にこの情報をもたらした。正確な記録ではないが、1,000人とも2,000人とも伝えられる大規模な救助隊が編成され、救助にあたったらしい。しかし、夜半の災害で多くが就寝中に受災したこともあり、救出後に死亡した3名を含め死者155名という大きな被害となった。

適切な訓練を受け適切な装備をした仲間と一緒であっても、雪崩に遭えば生命が深刻な危険にさらされる事に変わりはない。それが、比較的小規模な雪崩であっても、屋外で埋まった被災者の生存率は45~35%であり、また幸運にも雪に埋まらなかった場合でも、生存率は80%である。

雪崩に巻き込まれた場合、

外傷

窒息

低体温

と言った原因で死が訪れる、当然だが、救出されるまでの時間が短い方が生存確率は高い。

 

//// ここまでは、ウィキペディアから省略・加筆して転載した。

 

雪崩に遭遇した場合には、「スキーやストックは外せ」とか「バタフライで泳ぐように逃げろ」、「顔の前に空間を作れ」等の対処方法があるらしい。三俣の雪崩は就寝中だったから別としても、生まれて初めて雪崩に遭遇してとっさに対処方法を思い出せる人なら高確率で生存できるだろう。しかし、何度も雪崩に遭遇することは無いだろうし、また、シミュレータでのトレーニングも期待できないと思う。私なら「みなさん、さようなら」と頭に思う浮かべるかもしれない。だが、雪山に行くのであれば事前準備としてやって置くべきことが一つだけある。雪崩ビーコン(無線標識)の所持だ。

吹雪時の雪崩など雪崩発生後も二重遭難のリスクが低下していない場合、すぐに大人数の捜索隊を投入することはできない。しかし、家族や仲間は、一刻も早く助け出したいのは言うまでもない。ビーコンは、雪崩に埋まった80m以内の被災者の位置を探る事が出来る。アナログのラジオ受信機であっても、「ビー」音は聞けるので、捜索者はそれによって被災者への距離を見積もることができる。大まかなデータしかないが、ビーコンを所持していた場合と、所持していなかった場合では生存率が3倍ほど違うらしい。

現在のビーコンは、475KHzの電波を出している。旧式のものは、2,275KHzだったので、これは事前に確認しておくしかない。最新式のデジタルモデルは、受信機にビーコンまでの距離と方向が図示される。アナログモデルよりも、受信範囲が狭くなるらしいが、早く助けるならデジタルの方が良いと思う。それに、電子機器分野は進歩が早いから受信範囲ならすぐに広がると思う。