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takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

アダム航空574便墜落事故

2007年(平成19年)1月1日にインドネシア、スラウェシ島のパレパレ付近で発生した事故。

上空1万メートルで発生した事故であり、乗員乗客併せて102名全員が死亡している。

インドネシアの格安航空である、アダム航空所有の574便(ボーイング737-400型機)は、現地時間1月1日12:55、乗客96名と乗員6名を乗せてインドネシア・ジャワ島のスラバヤにあるジュアンダ国際空港からスラウェシ島マナドへ向けて離陸した。しかし現地時間14:53(離陸後約2時間)、スラウェシ島南のマカッサル上空約1万500メートルを巡航中に航空管制レーダーから機影が消失した。574便の飛行計画によると、マナドのサム・ラトゥランギ空港には現地時間の16:00頃に着陸する予定であった。

この事故は、海上1万メートルで起きたものであり、フライトレコーダも海の底に沈んだ。そのため、事故原因調査は遅々として進まなかった。しかし、事故から半年以上経って、インドネシア政府とアダム航空の間でサルベージ作業の費用分担の話がまとまり、海底の探索が始まった。その結果、2007年8月27日にフライトデータレコーダー、翌28日にはコックピットボイスレコーダーが発見された。

インドネシア政府は翌2008年3月25日に最終報告書を公表している。それによれば、パイロットの度重なる誤判断と航法計器(IRS)の故障が重なり機体の傾斜に気づかず、操縦ミスをしたため、空中分解に至ったと言う事である。

アダム航空は、この事故の後にも着陸失敗の事故を起こしている。その事故での死者は出なかったが、機体は炎上し使用不能となった。その後、結局あだむ航空は経営破綻に陥った。

 

/////ここまでは、ウィキペディアから省略・加筆して転載した。

 

飛行機の安全運行を維持するためには、ある程度の保守費用は必要である。空を飛んで、移動するという行動に本質的な安全はないのだから、毎日の保守点検とパイロットの技量に大部分を頼らざるを得ない。「格安」「格安」とマスコミは騒ぎ立てるが、安全配慮を怠るほどの「格安」は、危険である。

 事故の翌年、2008年の10大ニュースには、以下の記事が載っている。

 【第7位】事故多発のアダム航空、経営破たん

事故が多発した格安航空会社アダム・スカイ・コネクション・エアラインズが経営破たんした。運輸省は運航停止から3カ月後の6月に航空運営証書(AOC)を正式にはく奪するなど、対応が後手に回り、監督能力を再び問われることになった。

同社が運営していたアダム・エアは、昨年1月1日に南スラウェシ州沖合で墜落事故を起こして以降、保守費用を削減するなど安全対策の不備が指摘されていた。

運輸省は運航や整備、人材訓練が適切に実施されていなかったことを理由に3月18日付で運航仕様書を取り上げ。3カ月以内に改善がみられない場合にはAOCをはく奪すると警告していた。

仕様書の取り上げに先立ち、昨年の事故後に子会社2社を通じて同社株式の50%を取得した上場投資バクティ・インベスタマが、明確な安全性の向上がみられないことや経営が不透明なことなどを理由に出資の引き揚げ方針を発表。資金繰りの悪化から機体の差し押さえ、運航停止と一気に崩壊した。

また、バクティ・インベスタマ傘下でアダム株式19%を保有するグローバル・トランスポート・サービスが経営陣による粉飾会計を刑事告発。アダム・アディトヤ社長などの関与も指摘された。

その後、中央ジャカルタ商業裁判所は、アダムの労組や取引先などが提起していた破産申し立てを認める判決を下し、管財人を指名したほか、アダムに訴訟費用の支払いも命じている。

なお、アダムの路線認可がはく奪された4月には、同社株式の50%を保有するスヘルマン一族が新航空会社の設立認可を申請していたことが明らかになったが、認可は下りていないとみられる。

//// ここまで。