takumi296's diary

技術士・匠習作の考へるヒント

航空機・船舶の事故

航空機事故は、印象が大きい:テネリフェの悲劇

1977年3月27日17時6分(現地時間)、スペイン領カナリア諸島のテネリフェ島にあるロス・ロデオス空港の滑走路上で2機のボーイング747型機同士が衝突し、乗客乗員合わせて583人が死亡しました。死者数においては史上最悪の航空事故であり、死者数の多さなどか…

テネリフェの悲劇・本当はロス ロディオス空港のジャンボ機衝突事故

本来なら、チャレンジャー号爆発とシティコープ タワーの倒壊回避を締めくくるべきなのですが、3月27日の今日だけは、昨年の記事を繰返してテネリフェ空港のジャンボ飛行機衝突事故について記します。なぜなら、この類の事故は繰り返し何度でも発生する可能…

Hebei Spirit号原油流出事故-韓国史上最悪の重油流出事故で裁判は迷走

2007年(平成19年)12月7日朝、韓国大山港で大規模な石油流出事故が発生しています。事故後裁判で異常とも思える判決が出たため対応悪さがが国際問題になりました。6年前のことですから、ご記憶されている方も多いと思います。日本の新聞でも割と取上げられ…

11月12日には、2つの大きな航空機事故が発生している

11月12日には、2つの大きな航空事故が発生しています。1996年ににインドで発生した空中衝突事故(航空事故)と、2001年にアメリカで発生したアメリカン航空のエアバスA300の墜落事故です。 1996年にインド起きた飛行機の衝突事故は、民間航空機による空中衝…

エドモンド フィツジェラルド号の嵐による難破事故

1975年(昭和50年)11月10日、米国ミシガン州とカナダのオンタリオ州の間のスペリオル湖(五大湖の1つ)ホワイトフィッシュ ポイントから約17マイルの航路で、エドモンド フィツジェラルド号は行方不明になった。ウィスコンシン州スペリオルを出発し、ミシガ…

メートル法とポンド・ヤード法の勘違い、火星探査計画は水の泡

1999年(平成11年)9月23日、火星探査機マーズ・クライメート・オービターは、約6.6億kmを9ヶ月かけて飛行した後、火星の軌道インパクトで炎上した。コロラドのR社のエンジニアはデータをポンド単位で送信していた。しかしデータを受け取ったパサディナのA…

タグボートの衝突により、クイーンイザベラ大橋が落橋し8名が犠牲に

2001年(平成13年)9月15日、アメリカのテキサス州イザベル港、南パドレ島にある、クイーンイザベラ大橋(南パドレ島とテキサス州イザベル港をつなぐ大橋)の一部が崩壊した。 事例概要 タグボートと曳航されていた四隻の荷船がクイーンイザベラ大橋の支柱に…

大韓航空ボーイング747型機、操縦士のミスで墜落

1997年(平成9年)8月6日、アメリカ合集国、グアム島のニミッツ丘に大韓航空ボーイング747型機、801便が墜落した。 経過 このボーイング747型機ではアガニア国際空港に着陸する際 キャプテンパイロットの不充分な指示、不正確なアプローチと一等航海士、航空…

欧州アリアン5の打ち上げは、失敗から始まった

1996年(平成8年)06月04日、フランス領ギアナにある欧州宇宙機関(ESA)の発射基地、からヨーロッパ最新の無人サテライト発信ロケットが打ち上げられた。しかし、打ち上げ後約40秒後に爆発した。これは慣性座標システムのソフトに仕様と設計のエラーが生じて…

航空機と鉄道事故、二つの事故を一度に

6月2日は、残して起きたい2つの事故が発生しているため、両方に触れておきたい。 1つ目は、35年前(1978年・昭和53年6月2日)の日本航空115便しりもち事故。 2つ目は、21年前(1992年・平成4年6月2日)の関東鉄道常総線列車衝突事故である。 最初の日本航空1…

焦りと雨が操作ミスに繋がった、アメリカン航空1420便オーバーラン事故

1999年(平成11年)6月1日、 アメリカ合衆国アーカンソー州・リトルロックリトルロック・ナショナル空港で死者11名、負傷者110名となるオーバーラン事故が発生した。 1999年6月1日22時40分、アメリカン航空1420便(運航機種はマクドネルダグラスMD-82)が、…

10年前・1万m級無人探査機「かいこう」が行方不明に

2003年(平成15年)05月29日、高知県室戸岬沖南東約130kmにおいて、海洋科学技術センター(JAMSTEC)の1万m級無人探査機「かいこう」が行方不明となり、ビーグルは発見できなかった。 「かいこう」は、南海地震に関わる長期観測タの回収に成功した直後、二次…

無理なコスト削減が、110名の命を奪ったバリュージェット航空機事故

1996年(平成8年)5月11日、バリュージェット航空592便はマイアミ国際空港からアトランタに向けて東部夏時間14時4分に離陸した。 離陸してから3分後に、592便の機長から空港にキャビンに煙が立ち込めたので戻りたいとの無線があり、マイアミへ戻るための航空…

中国政府に拠れば、旅客機を巻き込んだ無理心中・112名が犠牲に

2002年(平成14年)5月7日、北京発大連行きの中国北方航空6136便が、大連空港から東へ約20kmの海上に墜落した。 この事故で、乗員9名と乗客103名のあわせて112名全員が犠牲になった。乗客には日本人3名も含まれていた。 管制官に対し事故機のパイロットは火…

飛行中に旅客機の天井が吹き飛んだ・アロハ航空機の事故

1988(昭和63年)年4月28日、アロハ航空B-737型機がハワイ島のヒロを出発してオアフ島のホノルルへ向かう途中、マウイ島上空7,200m付近でコックピット後部の客席部分が突然吹き飛び、客室乗務員一人が機外に吸い出された。しかし、幸い一系統の油圧制御システ…

韓国人旅行者が犠牲になった、中国国際航空129便の墜落事故

2002年(平成14年)4月15日午前8時37分、北京首都国際空港をに離陸した中国国際航空129便は、韓国・釜山の金海国際空港へ向かっていた。しかし、着陸進入中に空港の北西約5Kmにある慶尚南道金海市の丘陵地帯に墜落した。 この事故で乗員11名、乗客155名の合…

トム・ハンクスが好演したぎりぎりの生還劇-アポロ13号の事故

事例概要 1970年4月13日、3度目の月面着陸に飛び立ったアポロ13号の支援船で第2酸素タンクで小爆発が起こり、支援船の外壁の一部が吹き飛ばされ、 支援船内部や他の機器にも損傷を及ぼした。 元々アポロ10号用であったタンクを13号に流用するため、設計変更…

史上最悪の航空機事故・テネリフェ空港ジャンボ機衝突を忘れてはいけない

1977年3月27日17時6分(現地時間)、スペイン領カナリア諸島のテネリフェ島にあるロス・ロデオス空港の滑走路上で2機のボーイング747型機同士が衝突し、乗客乗員合わせて583人が死亡した。死者数においては史上最悪の航空事故であり、死者数の多さなどから「…

酔っ払い船長による、エクソン・バルディス号の原油流出

1989年3月24日未明、米国エクソン社のVLCCエクソンバルディス号(214,861dwt,船齢3年)がアラスカのプリンス・ウィリアム湾で座礁した。本船は、アラスカ原油約20万トンを満載し、アラスカ州バルディス石油基地からロサンゼルスに向け航行中であった。座…

成田空港初の死亡事故・原因はウインドシア?

成田空港、開港31年目の2009年(平成21年)3月23日、フェデックス80便は、日本時間、午前6時49分頃に、強風の中をA滑走路に着陸しようとしていた。偶然写真家の小久保陽一氏が事故機の着陸アプローチを撮影していた。小久保氏によれば、アプローチ中の機体に…

親ばかによる、アエロフロート航空593便墜落事故

1994年(平成6年)3月22日にロシア、アエロフロートのエアバスA310-308がシベリアに墜落した航空事故である。事故の原因は、パイロットが自分の子供を操縦座席に座らせたことだった。 アエロフロート航空593便は、エアバスA310-308で、モスクワのシェレメーチ…

30センチの高さ不足により、カナダ太平洋航空402便着陸失敗事故

1966年(昭和41年)3月4日、香港発東京経由バンクーバー行きのカナダ太平洋航空402便が東京国際空港(通称羽田空港)への着陸直前に墜落した。なお、この事故の一か月前には全日空羽田沖墜落事故が発生しており、翌日には英国海外航空機空中分解事故が発生し…

トルコ航空DC-10・パリ郊外の森の上空で空中分解

1974年(昭和49年)03月03日、フランスのパリ郊外の上空でトルコ航空機DC-10が空中分解し墜落した。 トルコ航空のDC-10がパリで給油等のために立ち寄った後ロンドンに向けて離陸後、10分程度で後部貨物室のドアが外れて吹き飛びその近傍の座席の6人が機外に…

51年前のアメリカン航空1便墜落事故

1962年(昭和37年)3月1日に、ニューヨークで発生した航空事故である。 アメリカン航空1便はアメリカ大陸横断便としてニューヨークからロサンジェルスに向かうため、アイドルワイルド空港(現在のジョン・F・ケネディ国際空港)の滑走路33Lを午前10時6分に離陸…

湾岸戦争時のペトリオットミサイルが撃墜失敗

1991年(平成3年)2月25日。湾岸戦争当時、サウジアラビアの米国軍兵舎がイラク軍のスカッドミサイルにより攻撃を受け破壊された。死者28名の他、100名の重軽傷者が出る被害となった。 イラクのスカッドミサイル攻撃に対し、米国側はペトリオットミサイルに…

ユナイテッド航空811便の貨物室ドア脱落事故

1989年(平成元年)2月24日午前2時9分9秒にハワイ・ホノルル国際空港付近の高度約22000フィート(約6700メートル)で発生した事故である。飛行中のユナイテッド航空811便(ボーイング747-122型機)の貨物室ドアのロックが飛行中にはずれ、同ドアが脱落した。…

吹雪の中、新千歳空港で飛行機が衝突寸前に停止

2008年2月16日、新千歳空港は降雪のため低視程の気象状態であった。日本航空502便(ボーイング式747-400D型機)は、新千歳空港からの離陸に向けて誘導路で待機していた。一方、日本航空2503便(ダグラス式MD-90-30型機)は、関西国際空港より10時29分に新千歳空…

深刻な海洋汚染となった、タンカー船の座礁

1996年02月15日、英国南西部 、ウェールズ のミルフォードヘイブン港外において、タンカー船シーエンプレス号が座礁した。このリベリア籍の大型タンカーは、ミルフォードヘイブン港外で座礁し、積載していた全原油147,000トンを流出した。安い労働力を採用し…

コンチネンタル航空3407便墜落事故

2009年2月12日の午後22時10分(アメリカ合衆国東部標準時)コンチネンタル・コネクション3407便は、着陸アプローチ中に空港から手前10Kmのバッファロー郊外のクラレンス・センターの住宅地に墜落した。3407便は、ニューアーク国際空港(ニュージャージー州)…

日本航空350便・「逆噴射」墜落事故

1982年(昭和57年)2月9日、当時の日本航空、福岡発東京行350便、DC-8-61型機(機体番号JA8061)が羽田空港沖に墜落した。 事故を起こした350便は、9分遅れの午前7時34分に福岡空港を離陸した。その後、フライトプランに沿って順調に飛行し、8時35分には羽田…

雪によるスリップ「ミュンヘンの悲劇」

1958年2月6日、西ドイツ(当時)・でプロペラ飛行機の墜落事故が発生した。この事故機は、イングランドフットボールリーグのチーム、マンチェスター・ユナイテッドのチャーター機だったため、主力選手の命が多く失われ「ミュンヘンの悲劇」とも呼ばれている…

全日空 60便羽田沖墜落事故

1966年(昭和41年)2月4日、東京湾羽田空港沖でボーイング727-100型機が墜落した。乗員乗客合計133人全員が死亡し、単独機としては当時世界最悪の事故となった。 事故機の全日本空輸60便ボーイング727-100型機(JA8302、1965年製造)は、1966年2月4日の午後6…

スペースシャトル・コロンビア号空中分解事故

2003年2月1日、アメリカ合衆国の宇宙船スペースシャトル「コロンビア号」が大気圏に再突入する際、テキサス州とルイジアナ州の上空で空中分解し、7名の宇宙飛行士が事故の犠牲となった。コロンビアは、その28回目の飛行であるSTS-107を終え、地球に帰還する…

整備不良による、アラスカ航空機の墜落事故

2000年1月31日午後4時半頃、メキシコのプエルトバリャルタ発サンフランシスコ経由シアトル行きアラスカ航空261便(マクダネルダグラスMD-83型・1992年製造)が、ロサンゼルス国際空港の北西約30Kmの太平洋上に墜落した。 この事故で乗員5名、乗客83名、計88…

太平洋上でのブラジル航空機謎の遭難事故

1979年(昭和54年)1月30日にブラジル国籍のボーイング707-320F貨物機が太平洋上で行方不明になった。乗員6名が犠牲になったほか、日系ブラジル人画家、マナブ間部の作品53点も失われた。 ヴァリグ・ブラジル航空967便は、日本とブラジルを結ぶ航空貨物路線…

スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故

1986年(昭和61年)01月28日、TV中継で全世界の人々が見守る中、アメリカ・NASAのスペースシャトル・チャレンジャー号が10回目となる打ち上げの発射直後(73秒後)に大爆発を起こし、7人の乗組員全員が死亡した。低温によるOリングの弾性喪失や設計ミ…

飛行機の燃料切れ

1990年1月25日にアビアンカ航空052便は、乗員9人と乗客149人を乗せ、南米コロンビア、メデジンのホセ・マリア・コルドバ国際空港を離陸した。行き先は、米国、ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港 である。052便の機体の自動操縦装置は故障していたた…

ウインドシアによる、函館空港での尻もち事故

2002年1月21日13時20分頃、小牧空港発函館空港行きの全日空391便エアバスA321は、函館空港に着陸するため滑走路12の進入灯上空を飛行中であった。しかし、滑走路手前140メートル、対地高度約53フィートの地点でウィンドシア警報が作動したため回復操作を開始…

エールアンテール148便墜落事故

1992年1月20日の夕刻、エールアンテール148便は、リヨンからストラスブールに向っていた。148便は着陸アプローチの最終段階でランディングギアを降ろし、滑走路に正対するため左旋回している最中、空港から南西16km離れた山の尾根の森林に激突した。この事故…

ブリティッシュ・エアウェイズ38便事故

2008(平成20年)年1月17日午後12時34分(現地時間)にイギリスで発生した航空事故である。死者は出なかったが、ボーイング777としては1995年に就航して以来初めて機体が大破・全損する事故となった。低温環境で長時間飛行をした際に燃料供給システム内で水…

嵐の中フレア号が脆性破壊で2つに割れ沈没

1998年(平成10年)1月16日、キプロス船籍のフレア号は、穀物を運搬するためオランダのロッテルダムを出発しモントリオールに向かっていた。しかし、ニューファウンドランド沖で嵐に遭遇し、脆性破壊による船体の欠陥から船体が2つに割れ、船体の後部は30…

コメット号空中分解墜落事故(最初)

1954年1月10日、世界最初のジェット旅客機であるイギリスのデ・ハビランド社製「コメット号」は、ローマ・チャンピーノ空港を離陸後、地中海エルバ島近くの高度約8,000mに達したところで空中分解事故を起こし35名の搭乗者全員が死亡した。 コメット号は、デ…

ブリティッシュ・ミッドランド航空の墜落事故

///// 以下は、ウィキペディアから省略・加筆して転載した。 1989年1月8日午後8時24分頃、イギリス・ロンドン発同国北アイルランド・ベルファスト行きブリティッシュ・ミッドランド航空(BMI)のボーイング737-400(G-OBME)が、イングランド中部のノッ…

英国シェットランド諸島海域でのタンカー座礁による原油流出

1993年(平成5年)1月5日、英国北部スコットランド地方シェットランド諸島海域でタンカーが座礁し、オイルが流出した。 リベリア籍米所有の大型タンカー・ブレア号が、カナダのケベックに向けて航行中に英国北部シェットランド諸島で座礁し、積載してたノル…

フラッシュ航空604便墜落事故

///// 以下は、ウィキペディアから省略・加筆して転載した。 フラッシュ航空604便(ボーイング737-3Q8)は、2004年1月3日の午前4時40分(現地時間)にエジプトのシャルム・エル・シェイク国際空港を離陸し、同じエジプトのカイロ国際空港を経由してフラ…

ナホトカ号重油流出事故

1997年(平成9年)1月2日午前2時。島根県隠岐島の北北東約106kmでロシア船籍のタンカー「ナホトカ号」(13,157総トン)は、機関出力が低下、操船は困難になっていた。午前3時頃大音響とともに船体に亀裂が入り、2番タンク付近で船体が分断した。また、同時刻…

アダム航空574便墜落事故

2007年(平成19年)1月1日にインドネシア、スラウェシ島のパレパレ付近で発生した事故。 上空1万メートルで発生した事故であり、乗員乗客併せて102名全員が死亡している。 インドネシアの格安航空である、アダム航空所有の574便(ボーイング737-400型機)は…

イースタン航空 401便墜落事故

///// 以下は、ウィキペディアから省略・加筆して転載した。 1972年(昭和47年)12月29日、米国フロリダ州マイアミ空港に着陸するはずだった当時の最新鋭機トライスターL-1011機は、機長と副操縦士による単純なヒューマンエラーのため、空港近くにある…

これからです

今日は、事故・災害カレンダーの作成に着手。 今後の勉強のためにも、事故や災害のデータベースを作る。 今のところ分類としては、以下の4種類 工場・施設の事故 航空機・船舶の事故 車両・鉄道の事故 自然災害 分類は、分けにくいものも出てくると思うが、…